第七十七話 次元の門
「かつて勇者クロードも、セントジオガルズからグレンカムへ渡りました。この大陸の最北にある、"次元の門"から」
「次元の……門?」
ミリアルドは聞き返すローガにはいと一つ頷いた。
十五年前の旅で俺が通った道筋は、ほぼすべて勇者戦紀に書かれている。
愛読書であったというミリアルドは、話の流れの大部分を覚えているのだろう。
「次元の門というのは、この世界とは異なる、別の次元へと入ることができる門だ。世界各地に何個かあって、それぞれ国が管理している」
そして、そのそれぞれはすべて、異次元空間でつながっている。
つまり、船や飛空艇がなくても大陸間を移動できるということだ
「それが、ここと……あと、グレンカムにもあるってことか」
「ああ。だからそいつを使えば、徒歩で行けるってことだ」
ふうん、とローガは納得しているんだかしていないんだかわからん返事をする。
頭を掻いて、そんならさ、と何かを言い出す。
「その次元の門を通ってソルガリアに行けばいいんじゃねえのか」
「門は国が管理しています。ソルガリア王国は教団と強いつながりがありますから、すでに抑えられているでしょうね」
だからわざわざグレンカムに行こうというのだ。
それに、昔の仲間にまた会いたいというのもある。
正体を教えずとも、見るだけでも、話すだけでもいい。
何せ十五年ぶりなのだ。
家族一家で元気にしているだろうか。
「たぶん、陛下も門を使うことには気付いてるでしょうね」
「ああ、朝になったら頼みに行ってみよう」
クリスなら快く許可を出してくれるはずだ。
それなら、明日にでも出発できる。
「……よし、そうと決まれば寝直そう。寝不足じゃああの異次元は厳しそうだからな」
深夜に起きてそのまま話をしていたが、まだ日の出までは時間がある。
軽く眠っておかないと、今後が辛くなる。
「厳しそうって……なんかあるのかよ」
俺の言葉を不審に思ったか、ローガが眉間に皺を寄せて訝しそうに問うてきた。
何せ異次元なのだ。この世界とは理そのものが異なる。
「ああ。あの異次元には……驚くような怪物が住んでいるからな」
げんなりとしたローガの顔が非常に面白く、俺はそれから数時間、とても健やかに眠りにつけた。
「クローム殿、これを」
翌朝――朝食と共に、ゲザーさんは一通の書簡を俺に手渡した。
中を確認してみると、次元の門の利用許可証だった。
許可を取りに行くまでもなく、用意してくれていたようだ。
「グレンガムの長老殿への書状も預かっております。これで少なくとも捕らわれることはないでしょう」
さらにそこまで手回しをしてくれているようだ。
クリスの奴……。
「ありがとうございます」
「しかし、お気をつけください。あの空間には……」
「知っています。……本を読みましたから」
実際に体験したからとは、二人の前では言えない。
「ご無事を祈っております」
「はい、ありがとうございます」
礼をして、ゲザーさんは出ていった。
「怪物って、魔物とは違うのか?」
朝食のパンを頬張りながらローガが聞いてくる。
「勇者戦紀では、異次元の守護者と書いてありましたね。体表が金属で出来た生物らしいです」
勇者戦紀の著者・カインが守護者と命名した、異次元に住む生物。
奴らはミリアルドの言うとおり、皮膚が金属で出来た生物なのだ。
そのせいで普通の剣じゃ歯が立たず、始めは苦労した。
だが、魔術が有効だとわかってからはそうでもなく、厄介ではあったがなんなく突破出来た。
「食ったらすぐに行こう。北の次元の門まで歩いて行かなきゃならないからな」
「自分で決めたことだけどよ……俺、とんでもないことしようとしてんな」
「そうでもしなきゃ、魔王は倒せないからな」
異次元に行くなどまだまだ序の口だ。
普通の人間が一生味わうことなどないような経験をしないと、奴には手が届かないということだ。




