第七十六話 ティガ族
「港以外から入るってのは?」
「どうやってだ」
「……泳ぐ、とか」
「アホか」
船でさえかなりの日数がかかる道を泳いで渡れる人間はいない。
思いついたことをとにかく口にすればいいってもんじゃないんだぞ。
「じゃああれだ。船でギリギリまで連れてってもらって、そこからなら?」
言って、ローガはクリスの方を見た。
少しは考えたようだが、難しいだろう。
それをわかって、クリスも首を横に振った。
「王国船の出入港には書状が必要だ。そんな船が航路を外れれば不審に思われるだろう」
「民間の船に協力を頼むというのも忍びないしな……」
うまく行けばいいが、もしもバレたらその船員すべてが同罪にされる可能性がある。
そんな多くの人々を巻き込むわけには行かない。
「それじゃあ他に方法なんかねえだろ!」
考えを連続で否定されて癪に触ったのか、ローガが声を荒げる。
ここまで来て糸口が見つからない俺も苛立っていて、その喧嘩腰に吊られてしまう。
「怒鳴るな! こっちだって考えてるんだ!」
「多少無茶で危険でもやるっきゃねえだろ! うまく行けば万事解決なんだ!」
「私たちだけが危険な目に会うのならいい! 無関係な人たちを巻き込みたくないと言ってるんだ!」
「じゃあ他にどうすんだ! 馬鹿でけえ鳥にでも乗っていくのか!?」
「何をふざけたことを――!」
ついつい止まらなくなって、反射的にがなり返そうとした途端、脳内を電撃が駆け巡った。
鳥に……乗る?
空……空路……乗っていくのなら……!
「それだ……!」
「……は?」
「そう、それだ! でかしたローガ!」
海が無理なら空で行けばいい。
いくらバランが用意周到とは言え、空からの対策は難しいだろう。
船は港しかないが、空なら大陸中のどこにでも降りられる。
教団の目をかいくぐれるはずだ。
「クロームさん、何を思いついたんですか?」
「空を行くんだ! 港を無視して、空から直接ソルガリアに行ける!」
「空って……でも、飛空艇は……」
「魔機を用いずとも、空を飛翔できる者がいるのですよ、ミリアルド様」
俺の言葉に困惑するミリアルドに、クリスがそう諭す。
俺はクリスと視線を交わした。
俺とクリスのよく知るあの人物なら、きっと。
「……まさか、それは……!」
ミリアルドも思い当たったのだろう、驚きと、そして幾分かの期待を込めた目を、きらきらと輝かせる。
「天空を渡る有翼種族、ティガ族! その伝説の闘士……バラグノ・ザバ・シュルシャグナ! あいつに力を借りれば……!」
「バランに見つかることなく、ソルガリア大陸に進入できます!」
ついに見つけたすべてを解決する策に、俺とミリアルドは顔を見合わせた。
バラグノ・ザバ・シュルシャグナは俺の……かつての俺、勇者クロードの旅に同行した仲間の一人。
大翼を広げる天空の覇者なのだ。
「行ける、行けるぞ……!」
希望が見えた。
バラグノは正義感の強い男だ。
すべてを話せば、きっと力を貸してくれる。
「待ってろよ、バラン・シュナイゼル……!」
全部、終わらせてやる。
奴の悪行も……魔王の、復活も。
そのために、俺たちは目指す。
ティガ族が暮らす火の大陸……グレンカム大陸を。
「……詳しい説明を頼む」
クリスと別れ、俺たちは客室に戻ってきていた。
夜明けが迫っていたし、なにより寒さの限界に来ていた。
俺たちはともかく、一国の王が風邪を引いては困るからな。
暖まった部屋で俺とミリアルドは、思いついた計画を何もわからないローガに教えることになった。
「ローガさん、勇者戦紀は読んだんですよね?」
「何年も前に一回だけな。だからあんまり覚えてない」
「登場人物の一人に、ティガ族の方が一人いたのは覚えてますか?」
ティガ族……比較的生態系の近しいヒトとイグラ、リウ族とは大幅に異なる体を持つ。
古代竜の血を引いていると言われ、体の一部には鱗を持ち、さらには竜の翼を背に生やす一族だ。
最近では活発的に外界にも出てきているようだが、それこそ十五年前は種族のほとんどが自分たちの大陸を出ることはなかった。
「ああ、それは覚えてる。でかいドラゴンに変身して、空を飛ぶ奴だ」
「その方が、バラグノ・ザバ・シュルシャグナです。彼のお力を借りれば、海を渡らずにソルガリア大陸に行けます」
海を渡れば必然、港に立ち寄らなければならない。
だが、そこは十中八九バランによって押さえられているだろう。
船を降りた途端に拘束されてもおかしくはない。
だから、空を行く。
飛空艇のことばかりが頭にあって、他に空を渡る手段があったことをすっかり忘れていた。
俺には、頼れる仲間がいるんだ。
「で、そのグレンカムにはどうやって行くんだ?」
ティガ族のほとんどはグレンカム大陸に住んでいる。
戦いが終わったバラグノもそこの生まれ。きっと故郷に帰って家族と暮らしているはずだ。
「聞いたことあるぞ。グレンカムの周辺は海の流れが酷くて、専用の装甲船を使わないと渡ることもできないってよ」
ローガの言葉は事実だ。
グレンカム大陸の周辺には大量の海底火山が眠っている。
その影響か、海流がいくつも交差して流れていて、半端な船ではそもそも近づくことさえ出来ない。
海流に耐えれるように改装した装甲船を使えばなんとかなるが、それも一回の航海でかなり痛めつけられるらしく、整備や修理で半年に一回の渡航が限度だという。
「装甲船の次の出航は三ヶ月後です。なので、船では渡れませんね」
「じゃあどうすんだよ」
「徒歩で行く」
「はぁ?」
……バカ野郎と目で言われた気がした。
だが残念ながら嘘でも冗談でもない。
本当に、このセントジオガルズからグレンカム大陸へ、歩いて渡る方法がある。
当然陸地などない。かと言って海の上を渡るなどという奇術を使うわけでもない。
その答えも、勇者戦紀にある。




