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第七十二話 女神の加護

「一つは……あなたを絶望させるため、でしょうか」

「絶望?」

「今のあなたの体は、か弱い少女のもの。とてもじゃありませんが、魔王とは戦えません。自分が蘇り、今度は世界を破壊し尽くすのを無力なあなたに見せつけるために、蘇らせた」

「……あり得そうな話だな」

 ディオソールは悪辣で冷酷非道な性格だ。

 自身を殺した俺への、間接的な復讐のために、そういうことをしてもおかしくはない。

「もう一つは……今の考えとは正反対になりますが、あなたと、もう一度戦いたいのかもしれませんね」

「もう一度、戦う……?」

 あの死闘をもう一度だと?……そんなこと、願い下げだ。

 なんど死にそうになったかわからない。……しかも、最後には本当に死んだのだ。

 二度と戦いたくはない。

 だから、魔王復活を阻止したいというのに。

 

「魔王ディオソールは恐ろしいほどの魔力を秘めていました。神々にも匹敵するほど強力で、おぞましい魔術を放ちます」

「この身で味わったんだ。言われなくても知ってるさ」

「本来なら地上の侵略など、瞬く間に完了してもおかしくはありません。しかし、あなたという存在によってそれは阻まれました」

 そして世界は平和になった。……はずだったんだ。

 奴が復活などしなければ、な。

「通常はあり得ない、自身と並び立つ実力者、勇者クロード。……魔王ディオソールはあなたを、ある意味では好んでいたのかもしれません」

「好敵手……ってか」

 あくまで予想ですが、とティムレリアは付け加え、続ける。


「自分に危機をもたらすほどの存在との戦いを、ディオソールはもう一度と願った。だから、死の瞬間あなたの魂を転生させた。……可能性としては、あり得るでしょう?」

「……だとすれば、さすが魔王だな。こっちの事情などお構いなしの非道野郎だ」

 蘇り、再び地上を侵略せんとする魔王と、同じく新たに生まれ、力を付けた勇者の再戦。

 ……あいつは楽しいのかもしれんが、こっちはお断りだ。

 俺は平穏に暮らしたい。平和な世界で生きていたかった。

 家族や……友達とともに。


「考えられる理由としては、そのぐらいでしょうか」

「他に人間の魂を操れる存在などいないだろうしな」

「私以外の神の手によるものかもしれませんが……こちらは考えにくいですね。意味もありませんし、なにより、魂の行き先の操作は大罪ですから」

 以前聞いた話によれば、神というのは何人もいるらしい。

 一人一人が自身の世界を見守り、あるいは介入する。

 天の上に神界というものがあって、そこで神々は暮らしている、と。

 ……スケールの大きすぎる話だ。

 

「すいませんクロード、期待に添った答えが出来ず」

「いや、いい。元凶があんたじゃないってわかっただけでも進展なんだ」

 俺を蘇らせたのがティムレリアならば、文句のいくつかでも言ってやろうと思ったが、どうやらそれは出来ないようだ。

 だが、それはそれでいい。

 これで、大きな目標を魔王の討伐へと切り替えられるということだ。

 俺を蘇らせたのが魔王ディオソールかもしれないというのなら、この鬱憤もまとめて叩きつけてやる。


「それじゃあ、もう一つ」

「魔王討伐への協力ですね」

 やはり知っていたようだ。

 ならばと単刀直入、兼ねてから考えていたことをティムレリアへと伝える。

「魔王城へ虹の橋をかけたい。あの宝玉をまた一つ譲ってもらいたい」

 かつての魔王討伐では、俺たち勇者一行は虹の橋と呼ばれる光の橋を大陸から渡らせて魔王城へ進行した。

 ここに来た理由の一つがこれだ。

 あれがあればそもそも飛空艇などいらないのだ。


「快くお渡しします。……と、言いたいところなのですが……」

 これにて万事解決――とは、ならないようだ。

 悲しげに目を伏せるティムレリアの次の言葉を待った。

「橋をかける虹の宝玉とは、神界で育つ果実なのですが……実が一つ育つのには、莫大な時間がかかります」

「ということは……」

「はい。今、虹の宝玉は橋を架けられるほどまでは、育っていないのです」

 あれを使ったのは十五年前。

 人間目線ではかなりの長さだとは思うが、神々にとってはさほどでもないはずだ。

 そんな神が莫大な時間というのだから……恐らく、あと四、五年でどうにかなるわけでもないはずだ。


「……そうか」

「すいません、クロード。なにもお役に立てずに……」

「いや、あんたにおんぶにだっこしてもらおうとしていたこっちも悪い。……人間の力で、どうにかしてみるさ」

 そう、俺はここに来るまでに様々な人類の進化を目の当たりにしてきた。

 飛空艇を初めとする魔機マキナ……あの英知があれば、きっとそう難しくはないはずだ。

 となれば、話は終わりだ。

 ユニコーンの方も気になる。

 さっさと森を抜けよう。


「ありがとう、ティム。また会えてよかった」

「こちらこそ。クロード……せめて、これだけのことはさせてください」

 言うと、ティムレリアは波紋も立てずに水面を歩き、そのしなやかな指を俺の額に押しつけた。

 温かな感覚がそこから全身に伝わってくる。

 これは……。

「私の力で、あなたの眠る力の一部を目覚めさせました。今までより、魔力が高まっているはずです」

「ああ……。確かに、体の奥底から、力が沸き上がってくるみたいだ」

 かつての旅の最初、この泉で勇者の力を授かったときもこんな感覚を味わった。

 神の力による、潜在能力の解放だ。


「今のあなたは、すでに私以外のものによる勇者の洗礼を受けています。なので、以前ほどの効力はないと思いますが……」

「充分だ。この力があれば、俺はまた強くなれる」

 胸に刻まれている勇者の証……これはティムレリアが授けたものではないという。 

 本当に魔王ディオソールがやったのか、それともまた別の何かによるものなのか。

 今の俺にはわからないことが多すぎる。

 だが、それでも前に進むしかないのだ。


「それじゃあティム。またな」

「ええ。私はいつでも、あなたのことを見守っていますよ」

 母のような笑みを見せて、ティムレリアの姿は光の粒子となって散っていった。

 甲斐甲斐しい女神様だよ、本当に。

「……行くか」

 これで泉に来た目的は果たした。

 長居していても仕方がないと、俺はすぐに来た道を引き返した。

 その途中のことだった。


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