第七十一話 女神ティムレリア
「……お」
地面を見ると、白い花が一輪咲いていた。
花弁が星のように広がる、この辺りでは森の周囲にしか咲かない花だ。
「よし……」
その花を摘み、手にして歩いた。
この花こそが、ティムレリアに会うためには必要なのだ。
泉への道だが、俺は何度も来たことがあるため覚えているが、そうでなくとも簡単に泉にたどり着く方法がある。
それが、この花を追う、というものだ。
この花には、神霊力を吸って繁殖するという性質がある。
そして、泉には女神ティムレリアの聖骸……神霊力の塊のようなものが沈んでいるのだ。
うまり、泉の近くに行けば行くほど、この花が道ばたに咲いている数が多くなる。
道が分かれているときは花を追えば、少なくとも泉にはたどり着けるということだ。
「……近いな」
戦闘を行っている音が、俺の耳にも伝わってきた。
下手に近付くとせっかくのお膳立てが台無しだ。
気をつけて、泉を目指した。
そしてしばらく進み、俺はついに、女神の泉にたどり着いた。
「懐かしい光景だ……」
美しく澄み渡った泉だ。
周囲には白い花が絨毯のように咲き広がり、甘い香りがかぐわしく漂ってくる。
まさに、女神様が眠るのにふさわしい場所だ。
「……ようやくだ」
ようやく、俺はティムレリアに会うことが出来る。
ユニコーンの捕獲作戦はまだ続いているだろう。出来るだけ長く、話をしたいところだ。
「さあ、姿を見せてくれ……!」
俺は手にした花に魔力を送った。
すると花が、ぼんやりと淡く発光し始めた。
そしてその花を……泉の中央に、放った。
波紋を立てて花が泉に着水する。
本来ならば浮くはずの花が、ゆっくりとその身を沈めていく。
そして。
「……っ!」
花が沈んだ箇所から、閃光が立ち上った。
白い光の柱が天に延び、俺は思わず目を細める。
柱は徐々に細くなっていき、その中にいるそれが、露出する。
「……女神、ティムレリア……!」
ひらひらとした布服をその身にまとい、背から肩、肩から腕には虹色の薄羽衣を巻き付ける。
風もないのにはためく髪は、眩しいほどに輝く銀白。
この世のものとは思えないほどの美貌、その目は閉じられていた。
「お待ちしていましたよ、クロード」
耳がとろけるような甘い声。
ゆったりと、開かれたその瞳は、どんな金よりも美しい黄金色だ。
かつて見た姿と何ら変わりのない、麗しい女神の姿だ。
そして彼女は、俺のことをクロードと呼んだ。
ということはやはり……。
「久しぶりだな……ティム」
「初めまして、でもありますね」
空中に浮いていた彼女は、水面につま先から着地した。
そして、その美しい表情をどこか物憂げに歪めた。
「ソルガリア大陸では、災難でしたね」
女神ティムレリアの能力、神の千里眼によって俺の動向は把握しているようだ。
説明の手間が省けた。
「あんたのお膝元なのにな」
「生まれの地と言うだけで、あそこに私の力は届きませんので……。ごめんなさい、クロード」
「気にしないでくれ、あんたを責めるつもりはないよ、ティム」
俺は彼女のことをティムと呼ぶ。
正真正銘の神様をあだ名で呼ぶというのも畏れ多いことだが、それを願ったのは彼女の方からだ。
神のお言葉とあれば、拒否するわけにもいくまい。
もちろん、親愛の情だってある。
「あんたに会いに来た理由、わかってるんだよな?」
俺はティムレリアに問う。
彼女ははい、と一つ頷いた。
だがやはり、その表情は芳しくない。
「まずは、あなたの一番知りたがっていたことをお教えしましょう」
「……!」
俺がこの泉にやってきた一番の理由。
今なぜ……俺はこうして、ここにいるのか。
「教えてくれ。……俺を蘇らせたのは、あんたなのか?」
俺は問うた。
魔王との戦いで死んだ俺の魂を現世につなぎ止め、記憶を保持したまま新たなる人間とし転成させる。
……そんな芸当が出来る存在など、神ぐらいしかいないはずだ。
――だが。
「……違います。私では、ありません」
彼女は、そう言って首を振った。
心臓が、どくんと一回大きくはねた。
「そう、か……」
考えていなかったわけではない。
彼女がそうする理由がない、とは思っていた。
ティムレリアは、俺を勇者とするとき、申し訳ないと詫びた。
本来ならば無関係のただの人間を、世界を滅ぼそうとする魔王との戦いへと巻き込んでしまったと涙をこぼした。
そんな彼女が、例え死とは言え、ようやく役目を終えた俺を再び戦いの道へ送り込むことはないだろう、と。
「では、誰が?」
思い当たるものなどいない。
死した魂を現世にとどめるなど、神でもなければどれほどの神霊力を持っていようと不可能だ。
神と同等の力を持つ存在など、この世には……。
「まさか……!」
一つ、思い当たった。
神と同等の力を持つものが。
しかし、こちらも理由は不明だ。
あいつが、そんなことをする意味があるというのか……?
「あなたをこの世界にとどめさせた元凶……。私以外にいるとすれば、それは……」
「魔王、ディオソール……!」
あの時、相討ちとなって共に死んだはずの魔王。
奴の力ならば、不可能とは言えないだろう。
「だが、なぜだ! あいつは自分は復活すると宣言した。宿敵である俺を、わざわざ蘇らせるはずがない!」
しかも、記憶をすべて保持したままで、だ。
そんなことをすれば、俺が再び立ち上がるとわかっていたはずだ。
「理由、ですか……」
ティムレリアは細い指を顎に当て、考える素振りを見せる。
そして、なにか思い当たったのか、口を開いた。




