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第七十話 森の中へ

 作戦当日。

 俺たちはカルネイアの森から少し離れたところに陣営を作り、そこで作戦開始を待っていた。

 作戦の詳細はこうだ。

 まずは、先行する部隊が森へ突入し、ユニコーンを捜索する。

 発見次第合図を送り、それを見て、捕獲本部隊が突入。先行部隊と合流し、ユニコーンの捕獲に入る。

 敵意を見せると、ユニコーンは本体の呂力以外にも、神霊術を使って攻撃してくるという。

 そのための治療部隊や、神霊術の威力如何によっては、反撃のための魔術部隊も控えている。

 そして俺たちはその他の旅人や腕の立つ街の住人による義勇兵として、逃げ出したユニコーンを阻むため、森の出口を封鎖する役目を負っていた。


「ユニコーンが脱走を始めたら、緑の閃光が上がります。それを確認したら、森の出口周辺を固めてください」

 俺たち義勇兵に指示を出すのは、この捕獲部隊に編成されたというクリミアだ。

 ナクナルドの駐在部隊からは外されたが、街の人々を守るため、全力で作戦に望む、と意気込んでいる。

「では、作戦開始まで、しばしお待ちを」

 俺たちを束ねる兵士殿の話を聞き終えると、義勇兵たちは寒さをしのぐために建てられたテントの中へと戻っていく。

 作戦開始後も、俺たちの役目までは少し遠い。

 それまで体力を温存しておかなくてはならない。


「クロームさん」

 クリミアが声をかけてくる。

「……先ほど、密令を受けたのですが……森に侵入するというのは、本当ですか」

 さすがに、部隊長にはお達し済みか。

 まあ、勝手にいなくなられたらクリミアも困るだろうしな。

「はい。すいませんが、泉に行かなければならないので」

「他のお二人は、そのことを?」

 俺は一つ頷いた。

 ミリアルドとローガには、俺一人が泉に行くことを伝えてある。

 正直なところ、義勇兵の力は頼りない。屈強な傭兵なんかもいるようだが、数は多くない。

 ミリアルドの神霊術やローガの馬鹿力がないと、万が一の事態には備えられないだろう。

 

「作戦を開始したら、私は裏からひっそり抜け出して森に入ります。クリミアさんはそれを悟られないようお願いします」

「わかりました。……あの、一つ聞いていいですか?」

「なんですか?」

 クリミアは怪訝そうな表情で首を傾げ、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 ……なんだというのか。

「先の密令……陛下直属の部隊からのものだったんです。クロームさんは……陛下と何かご関係が?」

 ……なるほど。

 だが、答えられないな。

「内緒です」

 笑ってはぐらかすと、俺も作戦開始までテントの中で過ごすべく、そこを後にした。

 クリミアは納得いかなそうな表情で、ふうとため息をついていた。


「クロームさん」

 数十人が一度に入る巨大なテントの中央で、ミリアルドが手を振っていた。

 雑味の多い魔法石をくべて火を熾す魔機マキナが設置してあって、それのおかげで中はかなり暖かい。

「ローガは?」

 ミリアルドの元まで行くが、ローガの姿が見えない。

 するとミリアルドは、どこか楽しそうな表情でテントの奥の方を指さした。

「ああ……」

 義勇兵として集まった連中と、なにやらわいわい騒いでいるのが見えた。

 船に乗っていたときと同じだ。あいつはどんな人間ともすぐに仲良くなれる。


「ついにこの日がやってきましたね」

「ああ。……長かったな」

 あの日、教団の牢から抜け出してから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 ずいぶん遠回りしたが、これでようやく女神ティムレリアに会うことができる。

 今の俺の姿の意味も、ようやくわかるというものだ。

「僕も出来るならばティムレリア様にお会いしたかったんですけど」

「悪いな。私ばかりが抜け出すことになって」

「いえ、いいんです。その代わり、ティムレリア様へのお願い、頼みますね」

 魔王を倒すため、女神の御力を借りる。それも重要だ。

「任せてくれ。……絶対に、魔王を倒そう」

 それこそが、俺の願いだ。

 そして、俺を生かしてくれた親友……マーティのためにも。


 一時間弱ほどの待機時間があって、ついに作戦開始時刻になった。

 銅鑼の音が響きわたる。

 同時に、外がどたどたと騒がしくなった。

 先行部隊が突入したのだ。


「始まりましたね」

「ああ。俺たちももう少しで出番だな」

 一通りの人たちと話をしたらしいローガが戻ってきていた。

「ま、出番が本当にあるかわからねえけど」

「捕獲が成功すれば、僕たちの出番はないですからね」 

 義勇兵の役目は、もしものための保険だ。

 出番がないことに越したことはないし、もし作戦が順調に進行し、出番がなくとも報酬は確約されている。

「さて……」

 先行部隊がユニコーンを見つければ、本隊が出動する。

 そしてその時が、俺もここを抜け出す時だ。

「後は任せる」

「はい」

 ミリアルドに告げて、俺は外に出た。

 クリミアに視線を送ると、彼女も無言で一つ頷いた。


「…………」

 こんな寒空の中、外で待機する物好きが少なくない。

 しかし、誰もが部隊が突入を始めた森の方を向いていて、こちらを見ている者はない。

 俺は容易にそこから離れることが出来た。

「……拍子抜けだな」

 部隊が突入を始めれば、義勇兵たちは自然と森へ意識を集中する。

 だから、このタイミングならば抜け出るのは簡単だと考えてはいたが、ここまでうまく行くとはな。

 義勇兵の誰かに見つかった時用の安い演技は考えていたが、使わずに済んだ。


「……ん」

 ユニコーン発見の報せが、天空で瞬いた。

 あの位置は……ちょうどいい、泉とは反対側だ。

 俺は森の周囲を進み、ちょうど人一人分程度の木々の隙間から、森の中へと侵入した。

「経験ってのは大事だな、まったく」

 この場所は、かつて俺が森で迷ったときに、クリスに教えてもらった隠し通路だ。

 城からよく抜け出し、森で修行に励んだクリスが、入り口を封鎖されている時によく脱出に使用していたらしい。

 出られるなら入れる。ここを進めば、泉まではそう遠くはない。


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