第六十四話 城の食事
「どうぞ、中へ」
連れてこられた客室は、先ほどクリスと話した部屋よりもさらに豪華な部屋だった。
四つあるベッドはすべてに天蓋が備えられて、見るからに柔らかく、暖かそうだ。
あとは……正直、俺の知識ではわからないが、たぶん机もイスも高級感があるから、いいものだろう。
「ありがとうございます」
「いえ。それでは、何かあればお申し付けください」
「はい」
一礼し、ゲザーさんは扉を閉めて出ていった。
前々からそうだったが、あの人は仕事中は一切表情を変えない。
大いに真面目で結構だが、かたっくるしいのも事実だ。
「さて、と」
俺は適当なイスに腰を下ろした。
おお……なんという座り心地。
それはともかく。
「まあ、結果的にこんないい部屋にありつけてよかったな」
「よくないですよ!」
俺ののんきな言葉にミリアルドが少しだけ声を荒げた。
焦りか不安か、眉間に皺を寄せていた。
「どうしたんだよミル坊」
「僕の正体がクリスダリオ陛下にバレてしまったんです。このままでは……」
「通報されるかもしれない、って?」
俺とミリアルドはティムレリア教団に指名手配されている。
教団は今や世界中に支部を持ち、当然このセントジオ大陸にもいくつか点在している。
一月以上も経てばさすがに、俺たちのことはこっちの支部の方にも伝わっているだろう。
「魔王を撃滅するために、今ここで捕まるわけにはいきません。大国では目立たないようにと思っていたのに……」
いきなり、その国の頂点に人間に知られてしまった、ということだ。
ミリアルドの不安もわかるが、しかしそいつは杞憂というものだ。
「ミリアルドこそ知っているだろう。このセントジオでのティムレリア教の普及率が低いってこと」
「……はい」
確かにティムレリア教団は、世界中に有る。だが、そこに有ることと、国で暮らす民たちに広まっているかどうかはまた別問題だ。
ここセントジオ大陸……特に、セントジオガルズの周囲には、ティムレリア教とはまた別の、女神ティムレリアへの信仰がある。
教団も認めているように、セントジオガルズ近くの森、その中の泉にはティムレリアの聖なる遺骸が葬られている。
聖なる力を秘めた泉が近くにあれば、それを崇め、奉る連中が発生しても何らおかしくはない。
「確か……教団の方と区別して、女神信仰とか呼ばれていたかな。それがあるせいで、こっちでティムレリア教の教えはほぼまったく広まってない」
何せお互い、信じ崇める対象は同じなのだ。乗り換える意味もない。
しかもこちらは遙か昔から地域に根付いていた信仰だ。たかだか百数十年ほどの新参教団に乗っ取られることなどあり得ない。
「当然陛下も女神信仰の方だ。事情を知っていても、わざわざ向こうの利益になることはしないだろう」
「地域で見れば確かにそうですが、教団内部……特に、バラン・シュナイゼルは国王陛下と積極的に関係を持とうとしていました。言い方こそ悪いですが、もしも息がかかっていたらと思うと……」
そういうことか。
ミリアルドはバランがこのセントジオガルズとの繋がりを持っていると知っていた。
それは不安にもなる、か。
だが、大丈夫だ。クリスが俺を売るようなことは絶対にない。
……しかし、それをミリアルドに伝えられないのは残念だな。
不安は払拭してやりたいが……。
「ま、なるようになるだろ」
ベッドに体を擲って寝ころんでいたローガが言う。
「そんな適当な……」
「王様は魔王討伐の一員だったんだろ? だったら魔王が復活するかもって話はもう知ってるはずだろ?」
「だろうな」
魔物の再出現に関して、クリスはもう対策を行っていた。
魔王の蘇生の可能性にも思い当たっているはずだ。
「だったらむしろ、何もかも洗いざらい話して、協力してもらう方がいいんじゃないか?」
「協力……」
「ローガの言うとおりだな。バラン・シュナイゼルの策略で罠にはめられて、真っ当な旅が出来なくなっていると伝えれば、きっと陛下は協力してくれる」
俺とローガの意見に、ミリアルドは考え込むように視線を床に落とした。
「大丈夫だ。陛下は聡明なお方だ。私たちとバラン、どっちが世界にとっての悪か、きっと見抜いてくださる」
それに、俺がいる限りクリスは、俺たちの味方をしてくれる。
きちんとすべて、包み隠さずに話せば絶対、俺たちの強力な後ろ盾になってくれるはずだ。
「それともミリアルドは、陛下がバランごときに騙されるような人間に見えるのか?」
「……そう、ですよね。あの方に限ってそんな間違い、あり得ませんよね」
ようやくわかってくれたのか、ミリアルドは少しだけ安心したような顔でため息をついた。
「わかりました。今度陛下とお話出来る機会があったら、僕らの事情を話すことにしましょう」
「ああ、それがいい」
さっきは時間がなかったから、森へ入ることに関する話しか出来なかった。
今度は正式に時間を取ってもらって、きちんと話をしよう。
きっと力になってくれるはずだ。
「……安心したら、なんだかお腹が空きましたね」
ミリアルドが言い出した。
確かに、こっちに来てからはいろいろ慌ただしくて、朝から何も食べてない。
さすがに空腹だ。
「もしかして、城の飯食えんのかな」
がばりと体を起こし、ローガが期待たっぷりに言う。
まあ、一応俺たちは客のわけだからな。それなりのもてなしは受けさせてもらえるだろう。
「誰かを呼び出せばいいのか……?」
ゲザーさんは何かあったらいつでも、と言っていた。
とりあえず、部屋の外にいる誰かに伝えればいいか……。
そう考え、部屋の扉に手をかけた時だった。
「ん?……ぉっと」
俺が力を込める前に、扉が開け放たれた。
「失礼します」
入ってきたのは、湯気上る料理を配膳台に乗せた、エプロンドレスを着たメイドさんだった。
「お食事をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
なるほど、ちょうどいい時間だったというわけだ。
メイドさんはテーブルの上にてきぱきと料理を乗せていく。
見るからに豪勢で、美味しそうだ。
「どうぞ、ご賞味ください」
「はい。ありがとうございました」
ミリアルドの言葉に、メイドさんは微笑みながら一礼して部屋を出ていった。
「うひょお、美味そう」
ローガが飛び込むように机の前までやってくる。
綺麗に焼き上げられたパンと、ソースのかかった鶏肉のソテーだ。
脇には付け合わせのサラダと、野菜のスープ。
もちろん、人参は入っている。
「さっそく頂いちゃいましょうか」
ミリアルドは完全に笑顔を取り戻して、うきうき気分で席に着いた。
「ああ」
それに俺も安心して、目の前の食事を楽しもうとイスに座った。




