第六十三話 王の妹
「お兄さま……!?」
妹……この、サトリナという少女が、クリスの?
……あり得ない。クリスに妹なんかいない。
それに……仮に、俺が知らなかった妹がいたとして、しかしこの二人は似ていなさすぎる。
クリスは銀の強い金髪だ。これはセントジオ王家に代々伝わる血脈によるもので、父王も、絵画に残る祖父、曾祖父もまったく同じ髪をしている。
だが、目の前の少女の髪色は黒に近い緑。これは、真の王家の血筋ではない。クリスを産み落としたときに亡くなったという母君とも異なる。
誰なんだ、この少女は。
「陛下……」
他の二人がいるため、元・仲間ではなくあくまでクロームとして、クリスに呼びかける。
「彼女は、一体……」
「みなさん。この度は我が妹が失礼しました」
国王陛下ともあろうものが、頭を下げる。
俺もそうだが、ローガとミリアルドも驚きでたじろいでいた。
「か、顔をお上げください、陛下!」
「そうですわお兄さま! 悪党たちに何を謝ることがあると――」
「サトリナ!」
クリスの叱咤が飛ぶ。
びく、と少女の肩が震えた。
ゆっくりと上げられたクリスの表情には、怒りと言うよりも呆れたような感情が強く出ている。
「捕らえた男二人の証言を聞いた。彼らとこの青年は無関係だ」
「え……」
少女が目を丸くする。
それを見て、クリスははあとため息をついた。
額を指で押さえて首を振る。懐かしいクリスの癖だ。
「お前は正義感は強いが、せっかちで、勘違いで突っ走りやすいところがある。物事の判断は冷静に行えと何度も言っているだろう?」
「しかし、この男は……」
「謝りなさい」
言い訳しようとした少女にクリスが言う。一回り以上離れていて、親子と言われても通じるかもしれない年齢差があるというに、その姿はまさしく兄のように見えた。
「わ、私は……その……」
「以前に何があろうと、今回お前の早とちりで彼らに迷惑をかけたのも事実だ。謝りなさい、サトリナ」
「ぅ……」
しゅんとした、つつけば泣き出してしまいそうな悲しげな表情で、少女はこちらを向いた。
一瞬、恨みがましくローガを睨み、しかししっかりと腰を曲げる。
「ごめん、なさい……」
「……お、おう……」
そんな一幕を見せられては、ローガもこれ以上強くは出れないのだろう。素直に許してやったようだ。
「本当に申し訳ありませんでした」
改めてクリスが俺たちに頭を下げる。
「ああいや、別に。誤解が解ければそれでいいんですよ、俺は」
「本当に申し訳ありません」
一国の主にそこまでされると、俺たちも逆に困ってしまう。
……だがまあ、とりあえず、この少女の正体を聞いてみよう。
「あの、陛下。……妹君が、いらっしゃったのですか?」
俺の言葉に、クリスはああそうか、という風に一瞬だけ目を細めた。
……やはり、俺の知らない妹だったようだ。
「ええ。彼女はサトリナ・ミラ・カールル・セントジオ。私の、義理の妹です」
「義理の……?」
やはり、実妹ではなかったか。
「もう、十四、五年前にもなります。当時はご健在であられた前王が、川に流れ着いた赤子を見つけられたのです」
俺は視線を少女……サトリナの方へとやった。
川に流れ着いた赤子、か。
「前王はそれを不憫と思い、その赤子を養子となさいました。それがこの、サトリナなのです」
なるほど、だから彼女はクリスの妹なのだ。
あの前王はかなりのお人好しだった。拾った赤ん坊を、わざわざ自分の養子にするぐらい、やりかねないな。
「血こそ異なるとはいえ、王族の娘として教育してきたつもりですが……。この度は本当に……」
「だ、大丈夫ですって……」
三度謝罪をしようとするクリスを、ローガはたじろいで止める。
サトリナ、か……。なるほど、そんな事情があったのか。
「ご迷惑をかけたお詫びに、城の客室を用意しております。今日はどうか、そこでお休みになってください」
「……よろしいのですか?」
宿を取ろうとしたところで捕まってしまい、しばらく拘束されていたから、この申し出はありがたかった。
しかし、建前上どこの馬の骨とも知らない俺たちを、城内に留めておいていいのだろうか。
そう思って聞き返すと、クリスは口角をわずかにあげて微笑んだ。
「ええ、大丈夫です。……神官様ご一行となれば、怪しいわけもありませんから」
クリスの視線は、俺の隣のミリアルドを向いていた。
……やはり、気付いていたか。
「ぼ、僕は……」
ごまかそうとしたのだろう、口を開こうとしたミリアルドの頭をぽんと叩いて黙らせる。
代わりに俺が話し始めた。
「了解しました。陛下のお言葉に甘えさせていただきます」
「それはよかった。では、兵に案内させましょう」
クリスがゲザーさんへ視線を送る。
こくりと一つ頷いて立ち上がり、部屋の扉を開けた。
「どうぞこちらへ」
「はい」
不安そうに俺を見上げるミリアルドに、心配するなと言外に目で伝え、俺はゲザーさんに着いていった。




