第五十九話 聖獣ユニコーン
「君は……いったい……」
不審なものを見る目つきで、クリスは俺を睨む。
当然だろう。聞くはずのない言葉を聞いたのだから。
だが俺は、そんな信じられない真実を告げていく。
「俺だ。クロードだよ、クリス」
「クロードは死んだ。魔王との戦いで……死体だって確認した。……いや、そもそも君はどう見ても十五、六の少女だ。彼は男だった。それに、仮に生きていたとしても今はもう三十半ばほどのはずだ」
俺がクロードではない、という論をクリスは言いつける。
まあ、クリスの言うことは正しい。厳密に言えば俺は『勇者クロード』ではないしな。
「そう。お前や他の仲間たちといっしょに魔王城に侵入して、魔王ディオソールと直接対決し、俺は一度死んだ。だが、こうして生まれ変わったんだ。女の姿になってな」
「……バカな……」
俺の言葉を否定するように、クリスは首を横に振る。
困惑が表情に現れている。……そう、困惑しているのだ。
普通なら、とんだ戯れ言だと切って捨てる話だ。恐らく、世界中を探せば、自称勇者クロードの生まれ変わりは大勢いるだろう。
だが、俺には記憶がある。
仲間と旅した記憶。
クリスといっしょに、過ごした記憶が。
「そこの兵士から聞いたんだろ? どうだ、人参は食べられるようになったか?」
「……それだ。なぜ、君のような少女がそれを知っている……?」
字面だけなら下らない質問に、クリスはやけに真剣な表情で返す。
まあ、一国の王が人参嫌いだと知られれば、威厳も何もなくなるだろうからな。
……そういうことじゃないか。
「なぜって、俺がクロードだからだろ。お前の人参嫌いを知ってるのは、俺たち勇者ご一行と、城の老中連中だけだからな」
「そこまで……」
人参はこのセントジオガルズ周辺の特産物だ。この寒い環境下でも、いや、だからこそ育つ人参に独特な甘みが生まれる。
しかし、当の国王陛下がそれを食べられないとは、大笑いな話だ。
「信じられないのはわかるよ。正直、俺自身どうしてこうなったのか、未だにわからないしな」
だからこそ、クリスに会いに来た。
女神ティムレリアに話を聞くために。
「他に何か聞きたいことはあるか? 俺がクロードだって納得するまで、いくらでもいいぞ」
「……質問は……一つだけある」
クリスは厳かな声でそう言った。
意外だ。もっとあれこれ聞かれると思ったが。
「正直に言おう。……私はすでに、君をクロードだとほとんど認めてしまっている。……だが、あと一歩、踏み込みが欲しい」
人参云々の話は勇者戦紀にも乗っていないことだ。
それを知っている時点で決定的だったが、まあ荒唐無稽な話だからな。
むしろ、ここまで早く理解してくれてありがたいぐらいだ。
「ああ、なんだ?」
だったら、その最後の質問には丁寧に答えてやろう。
クリスはしばし考え込むように視線を下ろし、そして、力強い瞳を俺に向け、口を開いた。
「私と君が最初に会った時、私は君にある料理を振る舞った。それはなんだ?」
「……え?」
……もっと深い質問が来ると思ったんだが……。
いや、ある意味ではもっとも深い問いではあるか。
あれが俺の……俺たちの旅の、始まりだから。
「答えは?」
「よぉく覚えてるよ。この都の裏の大きな森山で、俺は遭難したんだ。それで足を滑らせて、冬の川に転落して……気付いたら、お前に介抱されて、山小屋のベッドで寝かされていた」
その時、クリスが俺に差し出してくれたあの料理のことを。
俺は、ずっと覚えている。
「野菜とキノコのスープだ。あれほどうまいスープ、あれ以来味わったことはない。……でも、やっぱり人参は入ってなかったよな」
冬の山で、体を温めるために飲むものだと教えてくれた。
その時は気にしなかったが、後々別の人が作ってくれた時に初めて、本当は人参を入れるものだと知った。
「……そう、か」
クリスは目を伏せた。
そして、次に目を開けたとき、その顔にはかつての面影を思い起こす、優しげな微笑みが湛えられていた。
「本当に、お前なんだな……クロード」
「ああ。……久しぶりだな、クリス」
実に、十五年ぶりだ。
しかも、クリスにとっては死んだはずの人間。
永遠に別れたはずの仲間との、再会だ。
「生きていたのなら、どうして教えてくれなかったんだ。この十五年、私はお前の死を悔やんで生きていたというのに」
「無茶言うなよ。見りゃわかるだろ、今の俺は『クロード』じゃないんだからな」
「む……。それも、そうか」
「それに、生きていたわけじゃないしな。さっきも言ったことだが、こうして女になって生まれ変わったんだ。理由はわからないが」
それを知るために来た、と俺は続ける。
「話したいことはいろいろあるが、時間もない。本題に入らせてくれ」
休憩時間は二十分と言ったか。それなら、あと十分ぐらいしか余裕はない。
「ああ、いいだろう」
今の俺が何をしているのか。なぜここに来たのか。
それを聞かずとも、クリスはそう言ってくれた。
「女神の泉に行きたい。中に入る許可が欲しい」
「女神の泉……ティムレリア様に会いにいくのか?」
「ああ。俺の、この体のことを知るためにな」
勇者クロードがただのクロードだった時。
俺は半ば迷い込む形であの女神の泉にたどり着いた。
そこで俺は、女神ティムレリアに勇者の証を授けられた。
仮にも神だというのだから、何か知っているはずだ。
「それに、魔王復活のことも聞いておきたい。ティムレリアなら何か知っているかもしれない」
「やはり、魔王は復活しつつあるのか?」
疑問の言葉に一つ頷いて、俺は続ける。
「俺が魔王と相討ちになった直後、あいつは、二十年後に必ず蘇ると言い残した。あれから十五年……あと、五年しか残っていない」
「五年か……。気を抜いていたら、あっという間だな」
魔王が復活してしまえば、この世は再び地獄になる。
そんなこと、させるわけにはいかない。
そのためにも女神に会う必要があるのだ。
しかしクリスは、俺の頼みを快諾しなかった。
いや、出来なかった。
「難しい話だな」
「……やっぱりか」
「ああ。特に……今の君の状態では、な」
今の俺。
この、新たに与えられたクロームという体で、女神に会いに行くことは非常に至難の業だった。
「まだいるのか、アイツ……」
「ああ。聖獣ユニコーンは未だ、泉の周辺に棲息している」
聖獣……神霊を備えた特殊な動物たち。
以前に聖獣ヴルペスを見たこともあるが、女神の泉にも聖獣は存在しているのだ。
……とんでもなく面倒な聖獣がな。




