第五十四話 大人な子供
「おお」
石畳で作った巨大な浴槽に、大量のお湯が沸かされている。
あちらこちらで人々が湯に浸かり、あるいは身を休め、あるいは談笑し、思い思いの湯治の時を過ごしていた。
「うぅ……」
さらに目のやり場がなくなって、ミリアルドはいい加減涙目になっていた。
さすがにかわいそうになってきたため、俺は目の前に手を差し出した。
「ほら、手貸せ」
「え……」
「端の方まで連れてってやるから、そのまま下向いてていいぞ」
「は、はい……」
差し出されたミリアルドの小さな手を握った。
周囲を見渡すと、四方の奥に空いた場所があった。
あそこでいいだろう。
歩く人たちにぶつからないよう、ミリアルドを誘導してその場所まで進む。
「もういいぞ。さっさと入ろう」
「は、はい」
ここなら、顔を上げても壁しか見えない。
殺風景いで面白くはないが、ミリアルドにとっては天国だろう。
とりあえず俺もほっとして、湯の中にゆっくり足を漬けた。
じんわりとした温かさが伝わってくる。
我慢できなくなって、俺はそのまま全身をくぐらせた。
「……はぁ……」
温かい。
熱すぎず、ぬるすぎず。寒空で冷えた身体が温められるのが心地いい。
「これは……たまらんな」
「そうですね。気持ちいいです」
隣に同じく浸かったミリアルドが言う。微妙に背を向けているのがなんとなく面白い。
「今更だが……君は本当に早熟だな」
「え?……そうですか?」
「ああ。君ぐらいの年の子なら、そこら中で何も気にせず歩き回ってるぞ」
ふと視線を横に向けると、母親らしき女性に連れられた男子が歩いていく。
もしかすればミリアルドより一つ上ぐらいだろう。
「教団で教育を受けた影響か? それとも、元々?」
「……わかりません。前にも言いましたけど、僕は同年代の子供と会ったことはほとんどありませんから」
「そうか。……決めつけるみたいで言い方はよくないが、ちょっとかわいそうだな」
「かわいそう、ですか……」
「子供は元気よく遊んで、はしゃぎ回って人に迷惑かけるぐらいのがちょうどいいって思ってるからな。君はまったくの逆。迷惑どころか、人助けに走ってる」
迷惑かけて、怒られて、それで世間のルールを学ぶ。
その方が自然な育ち方が出来るだろう。
「でも、僕は自分の生き方を嫌ってはいません。僕の神霊術で人々を救えるのなら、いくらでも力を尽くしたいです」
「……そういうところも、達観した大人みたいでさ。セロンはもっとバカだったぞ?」
自分の弟のことを思い出す。
はしゃぎ回って、父さんが大事にしていた壷を割っちゃって、それを隠そうとしたことがある。
だが当然、壷がなくなってることに父さんはすぐに気付いて……後は、時間の問題だった。
父さんは当然セロンを叱ったが、壷を割ったことではなく、それを隠したことに対して怒っていた。
……元気にしてるかな、みんな。
「僕は……おかしいんでしょうか」
「普通ではないことは確かだな。成長が早いのは悪いことじゃないが……ちょっと、損してるって気はする。子供だから出来ることってあるしな」
「子供だから出来ないこともあります。それなら僕は、早く大人になりたいって思います」
その言い方がまた大人びていて、やはり子供離れしていると思わされる。
「子供だからと低く見られることも少なくありませんでした。バラン・シュナイゼルやマグガルゴ・ドナウのような、他の神官の意見には従うのに、僕の声は聞こうともしない……それが、辛かった。だから、僕は……」
「……僕は?」
そこで、ミリアルドは言い淀んだ。
何を言おうとしたのだろう。
僕は……なんだ?
「いえ。こんなところで愚痴を言っても仕方ないですから」
「……そういうところも、大人なんだよな、君は」
子供なんだから、あのねあのね、なんて言って隠し事も何もなく、勢いで全部ぶちまけてしまってもおかしくはない。
自分の心の制御が効く。
言っていいことと言ってはいけないことの区別が付く。
それを全部知っている子供。
まるで……。
「まるで、二度目の人生を歩んでるみたいだ」
「……それは、どういう……?」
なんてな。
俺のような特異な事例がそうぽんぽん起きてたまるか。
「冗談だ。そんなことあり得ないもんな」
「そうですよ。死んだ人間の魂は浄化され、記憶と知識、そして罪を洗い流されて生まれ変わるんですから。二度目なんて、絶対にありません」
……そんな仕組みがあるのか。
知らなかった……。
そういうことを知ってる……というか、知っているのならともかく、さらりと言うことが出来るあたり、やはり常人離れしてるよ、君は。




