第四十八話 馬車上の無駄話
「いやあ……波瀾万丈だな、俺たち」
「なんだ、急に」
突然ローガが言い出して、俺は素っ気なく返す。
「船に乗れば魔物、町に着けば魔物。ずいぶん慌ただしいじゃねえか」
その言葉に、俺の隣に座るミリアルドがふふと微笑んだ。
「そうですね。確かに、ここ最近は魔物と戦ってばかりです」
「それだけ世界が荒れてるということだ。そのためにも、早く魔王を倒さなきゃいけないってのに……」
焦っても無駄だという事はわかっている。
元々は数年がかりで果たすつもりだったのだから、それを考えればまだまだなんてことない日数だ。
だが、ミリアルドと出会い、数日で魔王を倒すことが出来たかもしれないと知ってしまった。
その後でこの無駄な足取りだ。順調に行けば今頃は………。
「そういえば、なんでローガさんは武闘大会に?」
ミリアルドが言う。
……その話は、前にも聞いた気がする。
「一攫千金って話じゃなかったか?」
優勝賞金が莫大な金額で、男の株がどうのと言っていたはずだ。
いや……確か、その話をした時ミリアルドはいなかったか。
もうとっくに聞いていると思ったが、違ったようだ。
「そうそう。優勝賞金1000万! 一生遊んで……ってんはさすがに無理だが、しばらくは安泰だ」
「ラクロールの武闘大会は、世界中から人が集まりますからね。金額の高さも納得です」
「しかし、なんでそんな大金が欲しいんだ?」
「ちょいと入り用でな。……ま、実のところ旅の理由はそれだけじゃあないんだ」
そう言って、ローガはやれやれと肩を落とした。
何やら乗り気ではない理由があるみたいだ。
「なんなんだ、理由って?」
話すのもあまり気が乗らないんだろう、窓の外を眺め、ううんと唸り出す。
「いや、さ」
しかし、結局話すことにしたようだ。
「……嫁探しなんだよな」
「はあ?」
嫁?……結婚相手と言うことか?
「お嫁さん、ですか?」
ミリアルドもきょとんとしている。
当たり前だ。一攫千金はわかるが、なんだ、嫁探しって。
「あー、なんつうかな。俺の実家が、ちょいと良くない状態でな。人手が足りないっつうか……」
「はあ……」
「まあそういうわけで、家事手伝いをしてくれる女を探してんだ。で、出来るならば一生家に入ってくれる人がいいから、それなら俺の結婚相手を探すのが手っとり早いってわけだ」
……まあ、わからん理屈ではない。
ローガの家がどんなところかは知らないが、女手が必要な時に、家に入ってくれる女性を求めるのは間違いじゃないだろう。
「ってわけで、旅先でいい女はいないかなあ、ってね」
「そうなんですか……。大変ですね」
「だろ? でもよ、俺はまだ結婚なんてする気ないのよ。だから……こう、面倒っつうかさ」
だからわざわざ俺たちにも話さなかった、ということだろう。
まあ、それはいい。
いいんだが。
「……一応、私は女なんだがな」
乗り気じゃないからわざと話さなかったというのはわかる。
しかし、口振り的に重要そうなことではあるようだ。
そんな時に、女がそれなりに長い期間いっしょにいるのだから、一言ぐらい声をかけてくれてもいいだろう。
「私では不満か?」
「ああ」
即答だった。
……な、なぜだ。
いや、仮に結婚してくれと言われたところで認めることなど必ず絶対毛頭蚊ほどもないが……ちょっと、傷ついだ。
「俺が連れ帰らなきゃいけないのは、忙しい家を手伝ってくれる女だ。だったら当然、家事の一つや二つや三つ、簡単にできなきゃいけないだろ」
「わ、私に家事が出来ないとなぜわかる」
「匂いでわかんだよ。料理が出来る奴の体からは、いろんな香辛料とか調味料の匂いがする。お前からはそんな匂いは一切しない。そういうことだ」
……イグラ族の鼻というのはそこまでのものなのか。
確かに俺は家事が出来ない。家にいる時もずっと母さん任せだったが……。
なんだ、この敗北感。
「炊事洗濯掃除全部こなすことが出来る女性、ですか……」
「しかも、長いとは言えない旅で出会って仲良くなって、結婚してくれる女。……んなの、いるわけねえだろ」
だから乗り気じゃねえんだ、とため息をつく。
まあ、家事が出来る女性は少なくないだろうが……ローガに着いてくる人間となると、ほとんどいないだろう。
可能性の限りなく低い嫁探し。それがローガの、もう一つの旅の理由だった。
……なんだか、割とどうでもいいことだったな。




