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第四十五話 魔剣の秘技

「ローガ、逃げろ!」

 タウラスが剣を振り上げる。

 長大な剣を片手で振り回し、風を切る。

「うおっ!」

 反射的にしゃがみ込んだローガの頭上ぎりぎりを通過し、代わりに洞窟の岩壁を大きく削り取っていく。

 なんという威力だ。

 さらにタウラスは、ローガを狙ってむやみやたらに剣を振り回す。

 このままでは、洞窟自体が崩落する危険もあった。


「クロームさん、危険です! 一旦退却した方が……!」

「いや、放置する方がもっと危険だ! 人間に怒りを覚えたこいつは、きっと近くの町を襲いにくる!」

 そうすれば、怒りに暴れるタウラスは町を破壊し、殺戮の限りを尽くすだろう。

 そんなこと、させるわけにはいかない。

「しかし、あの状態では近付くことさえ出来ません!」

「わかってる!……なら、一気に決めるしかない!」

 下手に攻撃し、更なる怒りを買えば、タウラスはさらに暴れ回るだろう。

 そうなれば勝つどころか生き残ることさえ難しくなる。

 ならば、一撃で沈めるしかない。


「クロームさんの魔剣術で倒せますか?」

「……無理だ。今ならダメージは与えられるだろうが、それではダメだ。だから――」

 いくらジオフェンサーを使った魔剣術でも、一撃で強力な魔物を葬るほどの威力は出ない。

 だが、方法はある。

「ミリアルド! 君の神霊力をジオフェンサーに送ってくれ!」

「え?」

「君と私、二人の力を使ってあいつを倒す! だから、頼む!」

「わかりました!」

 二つ返事でミリアルドは答えてくれる。

 タウラスがローガに執着している今が最後のチャンスだ。

 

「火の神霊術だ。その力を、この剣に!」

「はい!」

 ミリアルドの両手に輝く神霊力が貯まっていく。

「くっ……」

 腕輪による妨害があるのか、その表情は辛そうだ。

「ミリアルド!」

「平気です……! 行きます!」

 両手を組み、合わさった赤い光の塊がジオフェンサーへと放たれた。

 それを斬るように受け取ると、ジオフェンサーの刀身が、同じ赤い色に輝きだした。


「行くぞ……!」

 さらに、残る俺の魔素マナを注ぎ込む。

 発光がさらに強まり、光は火炎へと変わる。

 もはや剣ではなく、炎そのものになったそれを構え、俺はタウラスを睨んだ。

「ローガ! 下がれ!」

「言われ、うお、なくてもっ!」

 横振りの一撃を避け、ローガは一目散に俺たちの方にまで走ってくる。

 タウラスがそれを追い、振り向く。

 今ならばローガ以外見えていないはずだ。

 こいつで、決める!


「奮い起て、灼熱の業火ッ!」

 詠唱。同時に、剣先を地に沈め抉るように振るう。地を走った炎が勢いを強めタウラスへと迫る。

 それを追い、俺も地を蹴った。

「仇なす物をあまねく滅し、夢幻に散り行く灰塵と化せ!」

 地走りの炎と同時、タウラスの胴を斬る。脚と体が激しく燃焼し、燃え上がる。

 まだ終わりではない!

「燃えろ……ッ!」

 反転、跳躍。炎で焼かれるタウラスの頭上から、灼熱を――叩き込む!

 これが! 魔剣術火炎の奥義!


「『灼火緋皇剣スカーレッド・トリニティ』!」

 荒れ狂う爆炎の三連撃。

 脚から頭まで、全身すべてを炎に飲まれたタウラスが痛ましい叫び声を上げる。

 鼓膜が痛い。だが、さっきほどではない。

 そして、その声は徐々に弱まっていき……。

 最後には、無へと。


「勝った……?」

 炎柱から断末魔が聞こえなくなり、その炎が小さく消えていく。

 後には、その手に握られていた剣だけが残っていた。

「……やった……!」

 タウラスは完全に消滅した。俺たちの、勝利だ。

 だが。


「うぐっ……!」

 手から剣を取りこぼし、自らの体を支えられなくなって

俺は、地面へと倒れ伏した。

 全身が重い。指先一本動く気がしない。

 体力・魔力的にまだ使うことが出来ない術を、ミリアルドの協力で無理矢理発動したのだ。

 体にかかる負担がどれほどのものか、容易に想像がつく。


「だ、大丈夫ですか、クロームさん……」

「ミリアルド……」

 自身も神霊力を使って疲れているはずなのに、俺の元へ寄って治癒術をかけてくれる。

「気持ちはありがたいがやめてくれ。あんまり意味がない」

 しかし、これは魔力を大量消費したことによる疲労だ。

 うれしいが、気休めにしかならない。

「少しでも楽になれば、それで十分ですよ」

 それをわかって、ミリアルドは疲れの見える笑顔を送る。

「まったく……」

 気遣いもほどほどにしないと我が身を傷つける。

 しかし、だからこそのミリアルドという人間なのだろう。


「なあ、二人とも」

 ミリアルドの治癒術を受けながら、聞こえてきたローガの声に首を向ける。

「これ、なんだ?」

 ローガが抱えていたのは、大きな果実大の真っ赤な宝石だった。

 それだけの大きさだというのに、驚くほど透明感があり、向こうのローガの体が透けて見える。


「それは……」

「魔法石ですね」

 山や洞窟などを掘削した際、大気中に存在する魔素マナが凝固し、石となって固まった物が採取されることがある。

 それが魔法石だ。

 凝固の際に小石や砂利を取り込むことがあるため、ここまで綺麗なものは相当珍しい。

 だが、これでここにタウラスがいる理由は判明した。


「きっとタウラスは、この魔法石を求めて洞窟に現れたんですね」

 魔法石は魔素マナの塊。大きな魔力に引き寄せられるという俺たちの予想は、やはり当たっているようだ。

「ああ、そうみたいだな。恐らく、盗賊たちがどこからか盗んだものだろう。自業自得と言うことだな」

 だが、そのために殺されたセントジオガルズの騎士たちが可哀想だ。

 盗賊の愚かな行いが、ここまで悲惨な自体を引き起こしたのだ。


「……ミリアルド、もう大丈夫だ」

 治癒術の効果自体は薄かったが、それでもある程度回復したようだ。

 動かせなかった体がとりあえず立てるほどにはなった。

「ぐっ……。早く町へ戻ろう。クリミアさんに報告しないと」

「そうだな。よし、クロはこいつを持っててくれ」

「え?――わっ」

 つい反射的に、渡された魔法石を受け取ってしまう。

 そして次の瞬間、ローガは俺の体をひょいと抱え上げてしまった。


「お、おい! 何をする!」

「無茶すんなって。俺が一番ダメージ少ないんだからよ、何かさせてくれや。ほれミル坊、お前も負ぶってやっから」

 飄々と言うローガに、ミリアルドは楽しそうに笑う。

「はい、それじゃあお言葉に甘えて」

 そして、ノリノリでその背中に乗り上げた。

 なんだんだ、いったい……。

「さあ、凱旋だ」

「……まったく」

 さすがのイグラ族、人間二人を抱え、背負ってもまったく意に介する様子もなく、ローガは歩み行く。


「…………」

 正直なところ、このまま帰るというのも忍びないところもある。

 洞窟の中には未だ大量の死骸が転がっている。

 それを放置していくのが心苦しいのだ。

「クロームさん」

「え?」

「ここに残った人たちは、きっと国防軍の方々が弔ってくれるでしょう。だから、心配しないでください」

 ローガの肩越しにミリアルドはそう言った。

 まるで俺の心を見透かしたかのような発言だ。

 驚いて返事も出来ない俺に、ミリアルドは微笑みながらさらに言う。


「あなたは優しい人ですから、きっとそんなようなことを考えているんじゃないかと思いまして」

 神子どころか、本当に神様なのではないかと思える洞察力だ。

 すごいを通り越して、いっそ末恐ろしさすら感じる。

 これがまだ七歳ほどの子供だというのだからな、

「ああ。後は軍に人間に任せよう」

 洞窟を抜け、外に出る。

 ローガに背負われたままのミリアルドが、片手を掲げて小さな光の玉を空へ発射した。

 遙か上空で、もう一つのように瞬き始める。

 さっき御者と話していた合図だろう。しばらく待てば、彼が迎えに来てくれるはずだ。


「迎えが来るまで休憩しましょう」

「そうしよう。さあ、降ろしてくれ」

「あいよ」

 ミリアルドも背から飛び降りて、俺もようやくローガの腕から解放される。

 地面に腰を下ろし、光球の輝く空を見上げながら迎えを待った。


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