第四十四話 反撃と反撃
「迸れッ! 『雷光烈衝』ッ!」
ジオフェンサーによって高められた、『電光石火』の上位技。
叫ぶ雷光が刃を成し、タウラスへと迫る。
雷撃がその胸を穿つ。表面を覆う闇の守りを打ち破り、体毛に覆われたタウラスの皮膚を焼き焦がし――しかし、それだけだった。
今俺が放つことが出来る全力最大の一撃は、ほんのわずかなダメージを与えることしか出来なかったのだ。
「バカな……ッ!」
タウラスは胸に残った焦げ痕を手で擦り、そして、笑った。
この程度か、とでも言いたそうに。
「……ッ、もう一度――!」
「ダメです、クロームさん!」
魔素を再度溜めようとした俺を、ミリアルドが止める。
壁に叩き込まれたローガを癒しながら、その力強い瞳を俺に向けていた。
「焦ってはいけません! 機を見て動かなければ、魔力を無駄遣いするだけです!」
「ぐっ……」
そう、そうだ。
落ち着け。今もう一度魔剣術を放ったところで、同じ結果になるのは目に見えている。
今やらなければならないのは……。
「……来い!」
奴の角を、折ることだ。
そのためには、ローガの腕力が必要。ならば、傷を治すまで時間を稼がねばならない。
最低限の魔力で、最小限のダメージで。
息を整える。
剣を構え、タウラスを見上げた。
タウラスは、動きを見せない俺に痺れを切らせたか、その巨腕を叩きつけてきた。
回避は容易。しかし、砕かれた岩の破片が散らばり、細かく俺の体を打った。
さらに追撃。地を蹴り、後退して避ける。飛んできた小岩は剣で払った。
タウラスは強靱な肉体を持つ。だが、それだけだ。
ただただ力自慢なだけで、特殊な能力がない。それが最大の長所であり、なおかつ最大の短所でもある。
落ち着いて、一撃一撃を避ければいい。
両手の拳を無尽に放つ連続攻撃。
強大な筋力で速度も著しい。
しかし、避けられないわけではない。
拳を見極め、かすめるように回避を続けた。
両手を組み合わせ、叩きつけるアームハンマー。
当たれば蚊のように潰されて死んでしまうだろう。
だが、俺は逆にそれに目を付けた。
危険と分かって、敢えて俺はその懐へと飛び込んだ。
咆哮とともに叩きつけられる両拳。
しかし、俺には当たらない。
なぜならば俺は、組まれた腕と腕の間に飛び込んでいたからだ。
広すぎる肩幅によって組まれた腕は、その中央に隙を産んでいた。
「――はぁっ!」
跳躍。剣に魔力を送り、魔剣術を発動する。
「『炎熱斬り』!」
相手を焼く火炎の刃で角の根本を切りつける。
傷は付かない。だが、角は炎によって熱された。
一度着地し、さらに俺は魔力を剣に注ぎ込む。
タウラスが後退した。だが、逃がさない。
反撃はもう、始まっているのだ。
俺を潰すべく繰り出された拳を、転がって避けた。
地を蹴り、さらにその腕を蹴って再びタウラスの顔上へ躍り出る。
「『氷雪斬り』!」
今度は相手を凍てつかせる氷の刃で切りつけた。
熱された角を急激に冷やす。
すると、どうなるか。
ここから先は、ローガの出番だ。
「ミリアルド!」
着地し、背後へ下がる。
「はい!」
快活な返事。ローガの治療は終わっているようだ。
大剣を肩に担ぎ、八重歯をむき出しに笑う。先の失態を拭い去るべく。
「反撃開始だぜ……!」
「ああ、頼んだ!」
猛り唸るタウラスへ、ローガが迫る。
一度は防いだ攻撃だからだろう、タウラスはまたも、避けようともしない。
自分自身への絶対的な自信――だが、それもここまでだ。
「だぁっらしゃあ!」
大剣を降り上げ、ローガは跳んだ。
俺の魔剣術によって熱され、そして冷やされた角へと、大剣を真っ向振り降ろし――今度こそ、その表面を穿った。
「だあぁぁぁぁッ!」
重たく、鋭い刃が、重力の力を借りて落ちていく。
数瞬後、辺りに鈍く耳障りな音が響いた。
タウラスの角は見事、その根本から叩き斬られたのだ。
「どうだッ!」
落下した角が地面で跳ね、乾いた音を鳴らす。
タウラス自身、予期せぬ事態なのだろう、困惑したように折れた痕に触れ、地面に転がる角を呆然と見つめていた。
それもそのはず、一度は完全に防ぎ切ったローガの剣に負けたのだから。
熱されたものが急激に冷却されると、その物体は酷く脆くなる。
魔物は知性はあるが賢くはない。人間様の知恵の勝利だ。
「よし、行くぞ!」
これでタウラスの力の源は破壊した。
あとは、全力で攻撃を加えるだけだ。
そう思い、ジオフェンサーへと魔力を込めようとした、その時だった。
「ッづ――!?」
鼓膜を突き破るような慟哭が、洞窟中に鳴り響いた。
涙を伴うタウラスの嘆きの叫びが狭い窟に反射し、不快な音となって俺たちを襲っているのだ。
「耳が……っ」
思わず抑えなくてはならないほどの耳の痛み。
俺もミリアルドも、そしてローガも、武器から手を離してしまっていた。
そしてそれを、タウラスは見逃さなかった。
「ぐはっ」
「ローガ……っ!」
泣くタウラスは、自身の足下でうずくまるローガを蹴飛ばした。
再び壁へと叩きつけられるが、角を折ったおかげか衝撃自体はさほどでもないようだ。
だが、その隙にタウラスは、ローガの手を離れた大剣を、その剛腕で拾い上げていた。
「……まずい!」
ようやく耳の痛みが収まって、俺はすぐに剣を拾い上げた。
元より弱まっているとは言え、それでもタウラスの力は恐ろしい。
その力であの大剣を振るわれれば、人間の体など簡単に真っ二つになってしまう。
「ちくしょう……! 俺の剣だぞ、返せ!」
起き上がり、叫ぶローガ。
自身の角を叩き折った張本人に、タウラスは悲しみと、多大な怒りのこもった瞳を向けた。
対象ではない俺でさえも感じる、強烈な殺気――こいつは、危険すぎる……!




