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第四十一話 セントジオ大陸

「ありがとな、嬢ちゃん、坊主。それにローガ!」

「ありがとうございました」

 笑顔の船長に見送られ、俺たちは船を後にした。

 その日の昼ごろには、船はセントジオ大陸の南端、ソーサウス港へとたどりついた。

 ここから北上すると、まずナクナルトという街がある。そこからさらに北に進み、セントジオガルズへ向かうことになる。

 当面の目標はナクナルトだ。

 ……なのだが。


「お前、何さらっと着いてきてるんだよ」

 俺とミリアルドが歩き出すその横に、大剣を担ぐローガがさも当然のように着いてきているのだ。

「いや、俺だってナクナルトには向かうわけだし」

「それはそうだが……」

「いいじゃないですか。旅は道連れですよ、クロームさん」

 いやまあ、悪いことはないのだが……。

 お別れだからとちょっとだけしんみりしたあの気分を返してほしい。


「お前らはセントジオガルズに行くんだろ? ナクナルトから列車に乗ってラクロールに行くまで、よろしくな」

 ん……?

 今、聞き慣れない言葉が聞こえたような気がした。 

「何に乗るって?」

 聞くと、ローガは不思議そうな顔をした。

「いや、だから列車だよ。ナクナルトからラクロールまでの魔動列車」

 ……まどう、れっしゃ。

 聞いたことがないぞ。


「なんだ、それは」

 まったくもって知らない言葉にそう言うと、ローガだけではない、ミリアルドも驚きに目を見開いた。

「知らないんですか?」

「え?……あ、ああ」

「マジかよ。俺だって知ってることだぞ」

 ……それは、なんだかとんでもないことのようなことがしてきだ。

 しかし実際聞いたことがない。

 なんなんだ、列車って。


「魔動列車というのは、線路を走る巨大な車のことです。大勢の人や荷物を運ぶことのできる代物です」

「巨大な車……? あー、魔機マキナか? 飛空艇みたいな」

 あれも巨大な鳥のようなものだった。魔動というのもそういうことなら頷ける。

「ええ。魔石を燃料に走る巨大な車です。セントジオ大陸で、三年前から試験的に運用されているのですが……まさか、知らなかったなんて」

「ロシュアは田舎だからな……。情報も入ってこなかったんだろうな」

 悲しい話だが、故郷の現実は受け止めなくてはならない。

 ……いや、俺が個人的に知らなかっただけかもしれないが。


「つーかお前、列車なしでここからセントジオガルズに行くつもりだったのか? どれだけ時間がかかると思ってんだよ」

「馬車に乗るとか、馬を手に入れるとか考えてはいたさ。一ヶ月もあればたどり着くだろ」

 ローガの言葉に、俺は言い訳のように答える。

 実際、15年前はそうやってこのセントジオ大陸を縦断した。

 そのルートをまるっと使おうと思っていたのだ。


「確かに勇者戦紀では、勇者クロードは馬で渡っていましたね。でもあれは15年前のことですから」

 ミリアルドにまでそう言われて、いよいよ自分が古い考えを持っていたと知らしめられた。

 ……人間の進歩というのは末恐ろしい。


 とにもかくにも、俺のビンテージ物の発想は頭から取り除き、列車に乗るためにナクナルトの向かうことになった。

 ナクナルトには、このソーサウス港から馬車で一本だ。

 そのため、馬車乗り場に向かったのだが……。


「……様子がおかしいですね」

 馬車乗り場の前に集う人々が、御者だろうか、中年の男性を問い詰めている。

 何か不都合でも起きているのだろうか。

 接近し、騒ぎに耳を澄ませた。


「馬車が使えないってどういうことだ!」

「急ぎの用があるの! 乗せてくれないと間に合わないわ!」

 客の喧噪に、御者は困ったように答える。

「で、ですから……盗賊が現れて馬車を襲うので、今は危険なんですよ。事態が解決するまで、申し訳ありませんが……」

 そういうことか。

 盗賊か……。厄介な。


「どうする? 盗賊が現れて、馬車には乗れないみたいだが」

「盗賊ですか……。うーん、それだと、徒歩で向かうのも危険ですね」

 馬車でさえ襲われるのなら、歩きの旅人など格好の的だ。

 どうせ同じ危険なのなら、いっそ退治に向かってもいいが……。


「今、国防軍の方々が退治に向かっています。今日明日には帰ってくると思いますので、どうか今しばらくお待ちください」

 御者の声が聞こえてくる。

 国防軍……セントジオの騎士軍隊か。なるほど、確かに彼らはこの大陸中に駐在している。

 それに頼んだと言うのなら、解決までそうかからないだろう。


「だ、そうですね。仕方ありませんし、宿で時間をつぶしましょう」

 ミリアルドの言葉に同意し、踵を返したその時だった。

 背後の民衆が、急にざわつき出した。

 何か起きたのだろうかと改めて振り向くと、人々の合間からその様子が皆間見えた。


「あれは……!」

「どうした?」

 暢気に答えるローガを無視して、俺は駆けだした。

 人々の間を縫い、一番前まで躍り出る。

 そこにいたのは、セントジオ国防軍の青い鎧を血に染め、苦しそうに息づく女騎士だった。


「大丈夫ですか!」

「ぅ、う……」

 膝をつき、荒い呼吸をする唇は切れ、額からも血を流している。

 見るからにただ事ではない。

「クロームさん?――その方は……!」

 ミリアルドとローガもようやく来てくれる。

 ミリアルドは治癒術が使えるはずだ。


「治療を!」

「はい!」

 ミリアルドが駆け寄って、治癒術を女騎士に使っていく。

 やつれた肌に艶が戻り、傷口が塞がっていく。

「……よし。応急処置は済みました。あとは、どこかで休ませないと!」

「な、なら、うちを使ってくれ!」

 突如声をかけてきたのは、さっきまで多数の客を相手にしていた御者だった。

「その人は、俺が盗賊の討伐を頼んだ騎士様だ……。いったい、何が……。と、とにかく、こっちだ!」

 慌てながらも、御者は自分たちの母屋へと案内してくれる。

 ローガが女騎士をかつぎ上げて、その中へと連れていった。


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