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第四十話 さらなる高みへ

「おお! 我らが勇者様だ!」

「え?」

 甲板に出ると、突然そう言われた。

 ……正体がバレたわけではなさそうだ。


「ようクロ!」

 ローガが近づいてくる。

 いつになくいい笑顔で、さっきのミリアルドに劣らず幸せそうだ。

「いやあ、ちやほやされるってのもいいもんだなあ!」

 はっはっは、と高々と笑う。

 貢献的には一番活躍していなかったとは思うが……まあネーレウスを抑えていてくれた功績はある。

 

「ありがとう、お嬢さん。君のおかげで船が沈没せずに済んだよ」

 声をかけてきたのは、先ほども会話した船長だ。

「魔物を退治してくれてありがとう。君は我らの勇者様だよ」

「それほどのことでは。私より、ミリアルドの方がよっぽど活躍してくれましたよ」

 この船の沈没を直接止めたのは、ミリアルドの神霊術だ。

 俺は魔物を倒しただけに過ぎない。


「ところで……これのことなんですが」

 手に持っていたものを船長に見せる。再び布で包み直した、宝剣ジオフェンサーだ。

 密かに運んでいたというから、一応改めて隠してきた。

 本当なら失くした剣の代わりに頂戴していきたいほどだが、そういうわけにもいくまい。

「おかげで魔物を倒せました。お返しします」

 差し出された剣を見て、しかし船長はううんと悩む素振りを見せた。


「一つ質問なんだが、君たちはセントジオガルズへ行くのかい?」

「はい。そのつもりです」

 女神の泉がセントジオガルズの近辺にある。そこを拠点にするつもりだった。

「そうか、ならちょうどいい。そいつを、セントジオガルズに届けてもらえないか?」

「え?」

 聞き返す俺に、船長はにかりと笑って続ける。


「魔物はそれを狙っていたのだろう? となれば、それを運んでいるとまた魔物に狙われるかもしれない。君がいてくれる船旅中はまだいいが、陸上ではそうもいかないだろう。ならばいっそのこと、君に預けた方が安全だろうと思ってな」

「しかし……」

 願ってもない話だが……貴重な宝剣を、俺のようなどこの馬の骨とわからぬ人間に預けていいものなのか。


「セントジオ王は寛大なお方だ。先立って書状は送っておくから、盗人と思われることもない。君は信頼できる人物だ。ぜひ預かってもらいたい」

 魔物を倒し、船を救った。それだけで、船長は俺のことを信頼したということか。

 もちろん、勝手に持っていくなんてことは微塵も考えてはいないが……それでも、易々と人を信用しすぎだ。


「いいじゃねえか、クロ。もののついでってやつだ」

 ローガが口を挟んでくる。

「道中の武器にも困ってたんだろ? 一石二鳥じゃねえか」

「うむ。宝剣ともなれば、多少の使用程度では傷一つつきません。別の剣を手に入れるまで使い続けてよろしいでしょう」

 ネーレウスに対して放った魔剣術の威力を思い出す。

 あれほどの技は、この宝剣がなければ使えない。

 強い技があれば、今後魔物に出会っても対処が楽になる。

 ……なら……。


「わかりました。責任を持って、セントジオガルズに届けさせてもらいます」

 船長の頼みを受けることにした。

 セントジオガルズへはまだまだ時間がかかる。それまでの間に、宝剣なしでも高威力の魔剣術を使えるようになるよう、特訓すればいい。

「ありがたい! よぉし、帆を揚げろ!」

 船長のかけ声に、船員たちが一斉に応と声を上げる。

 帆に風を受け、再び船が海を進み出した。


「……セントジオ王、か」

 俺がこの剣を届けるべき相手の顔を思い起こす。

 ……元気にしているだろうか。

 十五年前、その時はまだ王子だったあいつの顔を。

「クリス……」

 かつての俺の仲間、クリス。

 それが今、巨大なセントジオ大陸を、治めているのだ。



 明け方、甲板。

 俺は宝剣を手に、剣の素振りを行っていた。

 魔素を含んだ鉄を使っているからか、それとも装飾のせいか、以前持っていた剣よりやや重い。

 この感覚に体を馴染ませるためにも、この素振りは重要だった。

 そんな折り。


「クロームさん?」

「……ミリアルドか」

 ネーレウスの撃破からは数日が経過していた。

 ミリアルドの体力も回復し、もはや以前となにも変わりのない船旅へと戻っていた。

「ずいぶん早いな」

「貨物室の氷を修繕してきたんです」

「そうか……。毎日ありがとな」

 ミリアルドが凍らせて塞いだ穴は、船が進むとどうしても溶けてしまう。

 だからミリアルドは毎日、溶けかけた氷を改めて凍らせ続けているのだ。


「今日中には到着するようですから、これが最後でしたね」

「そうだな。長かった船旅ももう終わりだ」

 返事をしつつ、素振りを続ける。

 離れたところに立ち、俺の素振りを見学するミリアルドに、俺は声をかけた。

「なあ、ミリアルド」

「はい。なんですか?」

「魔物は、なんでこの剣を狙ったんだろうか」

 ネーレウスがこの剣を狙っていたことはわかった。

 では、その理由は何なのだろうか。


「……わかりませんね。仮にあれがこの剣を奪ったとして……それで、どうなるのでしょうか」

 確かに、大切な宝剣を奪われたとなれば、セントジオ王家としては快くはないだろう。

 だが、それだけだ。

 国勢に大きく影響が及ぶわけもないし、そのせいで国が滅びるなんてことは絶対にない。

 言ってしまえば、この剣の奪取はほぼ無意味ということだ。


「……以前一度、魔物と戦ったことがあってな」

 実は、理由に関しては多少思いつくことがあった。

 今まで三度魔物と戦ってきて、その共通項がないわけではないと気づいたのだ。

「その時は、ロシュア近くの森の泉に現れた。あそこの泉は魔物にとっては害になるはずなのに」

「神聖樹イルミンスールの泉ですね。確かに、あの泉はかなりの神霊力を持っていますね」

 それのおかげでヴァサーゴを撃破できた。

 逆に言えば、森の別の場所にいたら勝つことは出来なかったかもしれない。


「二度目はテンペストだ。あれも、神聖樹の枝のおかげで勝った」

「……完璧な勝利では、ありませんでしたがね」

 あの戦いで、俺は親友のマーティを失った。

 彼女の願いを果たすためにも、俺は絶対に魔王を打ち倒す。

「そして、この間のネーレウス。……勝ったのは、この宝剣ジオフェンサーのおかげだ」

 魔素を含んだ鉄剣。その効力で、俺はあの魔物に打ち勝った。

 この三回の戦闘の共通点は、一つ。


「魔物の近くに必ず、魔物の弱点たる神霊術、魔術に関わるものがある。……これは、偶然だろうか」

 泉、枝、宝剣。たった三度だが、その三度すべてにそれがある。

 俺には、これが偶然だとは思えなかった。

「もしかして魔物は……自分たちの脅威になるものを、取り除こうとしてるんじゃないか?」

「なるほど……。それは、あり得そうですね」

 ヴァサーゴはなんらかの方法で泉を汚そうとし、テンペストは神聖樹の枝を燃やそうとした。

 そしてネーレウスは、この宝剣を奪い……恐らく、破壊しようとしたのだ。

 魔物たちの戦う理由として、十分考えられるものだろう。


「魔物は魔王のけんぞく。いずれ魔王が復活した時に、その脅威となるものは少なければ少ないほどいい。魔物たちは、それを狙って……?」

「あくまでも憶測だけどな」

 定めた回数の素振りを終えて、剣を腰に下げた鞘へとしまう。

 腕に重みを感じる疲労感。だがこれが、ちょっとした充実感へと変わっていくのが心地いい。

 自分が強くなっていくのが実感できる。


「また次に、どこかで魔物が現れたら、周囲に何があるかを調べたらよさそうですね」

「ああ。次も何か魔力や神霊力の高いものなら……確定と見ていいだろうな」

 もちろん、魔物に会わないに越したことはないのだが。

 恐らく、そうも言ってられないだろう。


 二人で部屋に戻ると、ローガはまだいびきをかいて爆睡していた。

 魔物を倒してからのこの数日、ローガは仲良くなった船員たちと毎夜、酒を飲み交わしている。

 俺たちもそうだったが、誰とでもすぐに親交を深められる人間なのだろう。


「あと今日明日にはお別れとなると、ちょっとさみしい気もしますね」

「ん? ああ……ま、それもそうだな」

 なんだかんだで、この海上ではほとんどいっしょの時間を過ごした。

 いい暇つぶしの相手になってくれたし……さみしいという、ミリアルドの気持ちもわからないでもない。


「さて、どうする? もう一眠りするか?」

「いえ。首輪の解除を進めます。この間無理して神霊術を使ったおかげで、少しだけ呪術が弱まったみたいですから」

「そうか。……早く外せるといいな、それ」

「ええ。このままでは、例え魔王と相見えても戦えませんからね」

 魔王……復活しそうな魔王を倒すのが、俺やミリアルドの最終目標だ。

 ミリアルドに限った話ではない、俺だって、未だ以前の力の半分以下の力も出せないのだ。

 ミリアルドが解呪を進めるなら、俺も自身の修行を進めなくてはならない。


「私はもうちょっと特訓してくるよ」

「はい。がんばってください」

 今歩いてきた道を戻り、再び甲板に出た。

 潮風が髪を靡かせる。

 剣を握り、今度は魔素マナを送り込む。


「もっと……もっと強く……!」

 すぐにとは言わない。でも。

 あの頃の力に、少しでも追いつけるように。

 空を見上げた。

 明けの空に浮かぶ、一つの白雲めがけ、俺は魔剣術を放った。

「――『電光石火ライトニング・ソニック』!」


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