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第三十九話 小さな勇者

「おぉ――」

 眼前には触手。もはや考える暇はない。

 ほとんど反射的に、纏う布ごと鞘を引き抜き、振るった。

「――ぉおおッ!」

 斬。

 確かな手応え。

 切り落とされた触手が、俺の足下に転がる。

 切り口を、燃え立たせながら。

 ……あとは、無我夢中だった。


「猛ろ! 『紅蓮斬りバーニング・ディバイド』!」

 送り込んだ魔素を火焔と変えて、剣が紅く燃え立つ。

 俺の持つ剣を狙い、迫るすべての触手を、炎の剣で切り裂いていた。

 増幅された魔剣術は、闇の守りをものともしない。

 斬れば暴れる触手も、焼かれれば動くことはない。


「すげえ……」

 ローガの感嘆が聞こえる。

 ああ、まったくだ。

 剣を振るう俺自身、その威力に驚いている。

 普段の半分ほどの魔素マナで、いつもの倍近い威力を出せる。

 今使った『紅蓮斬り』は中級魔術を使う魔剣術だが、今までは体内魔素が不足して使えなかったのだ。

 それを、いとも容易く……!


「止めだッ!」

 触手はすべて切り払った。

 残るは船を突き破るネーレウス本体のみだ。

 握る剣に魔素を送る。再び、剣が灼熱した。


「猛ろッ、『紅蓮烈衝バーニング・クラッシュ!』」

 燃え盛る炎を纏う斬撃が飛翔する。

 反撃か、ネーレウスが口から水弾を吐いた。しかし、俺の技はそれを一瞬で蒸発させ、なおかつ威力を弱めることもなく、ネーレウスを斬り裂いた。

 断末魔の叫びが上がる。

 傷口から炎が燃え広がり、全身を焼き付くし、そしてそのまま、すべてを灰へ。


「やった……ッ!」

 勝ったッ!

 俺の魔剣術で、ネーレウスを倒した。その達成感に打ち震えた。

「すげえ、すげえぜクロ!」

 ローガもそう言って背中を叩く。

 痛い。

 ……が、悪くない。


「お前が抑えていてくれたおかげだ。ありがとう」

「いやいや。にしても、魔剣術って初めて見たけど、すげえ威力だぜ」

 それも、この宝剣ジオフェンサーのおかげだ。

 金で装飾された、護手付きの柄。そこから延びる白銀の剣身は、魔素マナが含まれているからか、わずかに碧色の輝きを帯びる。

 このすばらしい剣の力を、俺はまだ三分の一も出してはいないだろう。

「まだこんなものじゃない。私がもっと力をつければ、これ以上の……」

「――喜ぶのはまだ早いですよ、二人とも」

 勝利を称える俺たちにそう言ったのは、ミリアルドだった。

 眉間にしわ寄せ厳しい表情で見つめる先は……。


「っ!」

 ネーレウスが開けた、大穴。

 そう、ネーレウスを倒したところで俺たちは、未だ助かってはいなかったのだ。

 いや、むしろ倒した分塞がっていた部分がなくなって、さらなる早さで海水が侵入してきている。

「やべえ、忘れてた!」

 落ち着け。大丈夫、まだ沈むほどではない。

 海水を凍らせて、穴を塞いでしまえば……!


「……しまった。奴を倒すのに夢中で、もはや魔素マナがない……!」

 調子に乗って強力な技を使いすぎた。もはや、この大穴を閉じるほどの氷塊など、作れない。

「くっ……!」

 送る魔素がなければ、宝剣の増幅も無意味だ……!

 船が進めば、流れる海が氷を溶かす。それに負けないほどの強く、大きな氷が必要なのだ。

 今の俺では……!


「……僕がやってみます!」

「ミリアルド? しかし……」

 前に出て、海水が侵入してくる穴の前で手をかざす。

 確かに、神霊術で氷を作ることは出来る。以前そんなことを言っていたはずだ。

 だが、単に凍らせるだけではダメなのだ。

 力を封印されている今のミリアルドに、それが出来るのか?


「大丈夫なのか?」

「わかりません。ですが……やってみます!」

 ミリアルドの体がかすかに発光し出す。神霊力を高めているのだ。

 しかし。

「ぅぐ……」

 突如ミリアルドが膝をつく。

 首輪の宝石が妖しく煌めいていた。

 発光が収まっていく。高まる神霊力を首輪が抑えているのだ。


「無理をするな!」

「無理でも無茶でも、やらなきゃ船が沈みます!」

「しかし!」

「やってダメならそれまでです! だったら、やるしかない!」

 再び発光。

 ミリアルドの額に汗が滲みだしていた。


「ミル坊、負けるな!」

 ローガが声援を送る。

 それにミリアルドは嬉しそうに微笑んで、立ち上がって再度手をかざした。

 そうだ……。やらなければ、船に乗る人々の命が危ないのだ。

 誰かが、無理を通すしかない。

「……っ。がんばれ、ミリアルド!」

 俺には出来ない。出来るのは、ミリアルドだけだ。

 俺に出来るのは、応援だけだ。


てろ!――『アイシクル』!」

 氷の神霊術が、その両手から放たれた。

 海水が凍り付き、穴を塞いでいく。

 だが、首輪の煌めきがさらに増した。

「づっ……!――やあっ!」

 苦しいのだろう。しかし、それでもミリアルドは神霊術を止めなかった。

 生み出した氷が、穴をすべて塞ぎ切るまで。

 

「やった……!」

 氷が穴を塞ぎ、海水の侵入が完全に止まった。

 これで、この船が沈むことはなくなった。

 俺たちの……完全勝利だ。

「はは……よかった、です……」

 辛そうに笑うミリアルドの体がふらつく。

 俺は急いで、その体を支えた。


「大丈夫か?」

「は、はい……。ちょっと、疲れましたけど……」

 どう見ても大丈夫ではないのに、そう強がって微笑むミリアルドに俺は苦笑して、小さな体を抱きかかえた。

「あっ……」

「休むといい。……小さな勇者様」

「いえ……ぼ、僕は……」

 何を言おうとしたのだろう、しかしミリアルドはその先を言うことなく、そのまま気を失った。


「ローガ、船の人たちに連絡してくれ。もう大丈夫だって。……俺は、ミリアルドを部屋に運んでくる」

「ああ、頼んだぜ」

 貨物室を出て、別れる。

 ローガは人々の集まる甲板へ、俺は自分たちの部屋へ。 部屋のベッドにミリアルドを寝かすと、俺はイスに座ってその姿を見守った。


「やり遂げたような顔してさ……」

 ミリアルドの神霊力がこの船を救った。

 俺は魔物を倒すことしか出来なかった。ただ目の前の脅威を払うのが、限界だった。

「さすが、神子様ってところかな……」

 安らかに眠る、その髪を撫でる。

「……かあ、さん……」

「……!」

 どんな夢を見ているのだろう。

 だがきっと、幸せな夢に違いない。

 ならば俺は、それを邪魔しないように。

 静かに、部屋を出た。


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