第三十六話 疑似家族
「私が少し詰めるよ」
「……し、失礼します」
緊張で固まった表情で、ミリアルドが俺の隣に寝ころんだ。
照れ隠しなのか、じっと目を閉じ、そのままぴくりと動かなくなる。
その様子がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「君はそんな硬直した状態で眠るのか?」
「……い、いえ……」
自分でも不自然だと思ったのだろう、ミリアルドは閉じた瞳を開いた。
しかし、やはりまだ心のどこかが不安定なのか、リラックスして目を閉じるという、簡単なことさえもできなくなっていた。
「う、ん……」
「くく……」
そして、それがおかしくてまた笑う。
「……ごめんなさい……」
「何を謝るんだ。……そうだな、自然と眠たくなるまで、私の弟の話をしようか」
今まで直接話したことはないはずだ。
俺が何度もミリアルドと重ねる弟・セロンのことを。
「弟さん、ですか……」
「ああ。何年か前までは、私に甘えてきてくれたんが……ここ最近は、すっかり生意気になってさ」
それこそミリアルドにしてやったように、おぶったり、いっしょに寝たり……狩りに行かない日は、日がな一日くっついていることもあった。
そんな弟だから、俺も大事に思っていたのだ。
「年頃の男の子が複雑な心を持ってるってのはわかってるつもりだが……やっぱり、少しさみしくなったよ」
「クロームさんは、弟さんのことが大好きなんですね」
「ああ。最愛の弟だ」
父さんも、母さんも、トリニアも。家族のことはみんな愛している。
だがその中でもやはり、セロンのことをつい考えてしまう。
「最初に出来た弟、ってのもあるんだろう。それに、妹の方は年の割にけっこうしっかりしてるしな」
加えて、恐らく過去の自分を映し見ているのもあると思う。
クロードの子供時代は、兄弟などいなかった。
だから、兄や姉のような、自分を守ってくれる人が欲しいと思ったこともある。
それの裏返しで、子供のセロンが気になるのだろう。
「家族、ですか……」
ミリアルドはベッドの中で、少しだけ暗い表情になった。
「もし、僕にも家族がいたら……こんな風に、いっしょに眠ることもあったんでしょうか」
「かもな。私も、君ぐらいの年ならたまに母さんといっしょに寝たこともあった」
俺は家族に飢えていた。同年代の子供よりも甘えたがりだったかもしれない。
だが、それでよかったと思っている。子供は子供だ。子供の時にしか出来ないことをしたかった。
「少し、羨ましいです」
ミリアルドは悲しそうに微笑んだ。
綺麗な顔なのに、もったいないと思ってしまう。
そのせいか、俺は半分無意識に、ミリアルドの頬に指で触れていた。
「……? クロームさん?」
柔らく、張りのある子供特有の肌触り。
いくら賢くても、ミリアルドはまだ小さい子供だ。
母親や父親、兄姉に甘えたい年頃なんだ。
なら……。
「……なら、私が姉になってやろうか?」
「え?」
目を丸く、きょとんとする。
「私たちは今、いっしょの罪を被された一蓮托生だ。そして、いつまでかかるかわからない旅をしている。……だったら、ある意味家族のようなものだろう」
「それは……」
「言い過ぎかもな。でも、それでもいいじゃないか」
ほとんど常に、共に行動することになるだろう。
朝起きるのも、昼間旅をするのも、夜眠るのも。
いっしょだ。
その姿は、家族に似ている。
「私のことを姉のようなものと思ってくれ。私も君のことを弟みたいなものと思う。同じように愛そう。それなら、さみしくないだろう?」
「クロームさん……」
「お姉ちゃんって呼んでもいいぞ?」
からかうように言うと、ミリアルドは頬を赤く染めてふるふる首を振った。
「それは……その、恥ずかしいです……」
向かい合いながら、視線だけを逸らす姿が愛らしい。
ミリアルドはかわいい弟になれる才能があるな、と変なことを考えた。
「まあ、そこまでしなくてもいいが……とにかく、家族みたいなものだとは思ってくれていい」
単なる友情に留まらない、より深い関係。
家族だと思えば、その結束は高まるだろう。
失いたくない、失わせない。家族だから。
その気持ちは……きっと、俺たちの生きる支えになる。
「家族みたいな……」
「君が得られなかった物の、代わりぐらいにはなってみせるさ。……姉としてね」
言うと、ミリアルドはおかしそうに……でも、どこか嬉しそうに、笑ってくれた。
「そうですか。……それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「ああ、お安いご用だ」
頬に触れていた手を、ゆっくり頭の方に移動させ、その髪を数回撫でつけた。
すると自然、ミリアルドの瞼が落ちていく。
「あったかいです……」
「ああ、私もだ」
すうすうと、寝息が聞こえ出す。
寝入ったようだ。きれいな寝顔だ。
「……おやすみ」
それに安心して、私も目を閉じる。
寝息をあわせるように、眠りについた。




