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第三十五話 向かない駆け引き

 食事を平らげ、食器を返して戻ってくると、二人はまたカードに興じていた。

 計八枚のビスケット、その一枚ずつを掛け金とした勝負で、今のところミリアルドが五枚で優勢。

 うしろからミリアルドの手札を除く。"6"と"9"のツーペア。悪くはないが、役としては心許ないか。

 ぐるりと机を回ってローガの手札は……ほうほう。

"騎士ジャック"のワンペアだ。

 このままではローガの負けだが……。


「さて、何枚捨てますか?」

「三枚だ」

 ワンペア以外のカードをすべて捨て、新たに三枚を手札に。

 すると、さらに一枚の"騎士"を引き入れた。

 これでスリーカード。逆転だ。

 ローガという男、勝負運はなかなかいいようだ。


「ふふん」

 ……表情に出すのは、頂けないが。

「次はミル坊の番だぜ。さあ、カードを引きな」

「いいえ、僕はこのままで」

「……なにぃ?」

 ミリアルドはもはや十分と言いたそうに薄く微笑み、カードを机に伏せる。

 自分の勝利を確信している。そんな空気を醸し出している。


「どうしますか? 勝負しますか? それとも、降りますか?」

 何か大きな物を賭けているわけではない。せいぜい、おやつのビスケットの枚数ぐらいだ。

 この勝負に勝とうが負けようが、損得が発生するわけではない。

 あるとすれば――男としての、プライドか。


「ぐ……」

 ローガは困惑している。

 恐らく、ミリアルドの初手はそこまでよかったのだろうか、と。

 実際のところ、"騎士"のスリーは決して悪くはない手札だ。これ以上の役となると、同じくスリーの"女王"と"王"……他には、ストレートかフラッシュと言ったところか。

 それ以上になると、初手のみでの確保は非常に難しい。

 いや、むしろこれらでさえも結構な低確率だ。

 強気に勝負に出ても構わない条件が揃っている。


「ふふふ……」

 それをさせないのが、ミリアルドのあの表情だ。

 何を出してこようが構いませんよと、すべてを飄々と受け流す気構えのあの顔だ。

 あれの前では、例え手札がフォーカードだろうと強気にはなり切れまい。

 どれだけ低確率だろうが存在する、初手においてのロイヤルストレートフラッシュの可能性を、否定しきれない。


「ぐぬぬ……」

 ローガの額に脂汗が浮かぶ。真剣勝負ではない――いや、真剣勝負ではないからこその、本気の駆け引き。

 若干7歳のミリアルドにしてやられる大人というのも情けないが、それ以上に、ただ負けたくないと言う幼稚な当然。

 少なくとも降りれば"勝負なし"。ビスケットは変動しない。

 だが、もし勇気を出して勝負に乗れば、取られた一枚を取り戻せる。

 さらに言えば、ハッタリを看破したことで調子づくことが出来る。

 次のもう一勝負で、逆転もあり得るだろう。


「ぐぬぬぬぬぬ……」

 しかし、負ければその逆。

 もはや流れは完全にミリアルドが優勢。もはや負けを取り戻すことはほぼ不可能になるだろう。

 ……というか、悩みすぎだ。

 本気なのはわかったが、それでも遊びは遊びなんだからもっと気軽にやっていいだろ。

 いい加減にひたすら状況を分析するのも飽きてきたぞ。


「――よしっ」

 ようやくという感じだが、ローガは意を決したようだ。

「降りる!」

 ……が、選択は甘っちょろかった。

 そこは勝負に乗るべきだろう。揚々と「よしっ」とか言ったくせに。

 

「そうですか。残念です」

 本当に残念そうにため息をつき、ミリアルドは伏せたカードを裏返す。

 当然出てきた単なるツーペアのカードたちに、ローガは「んがっ」と鼻を鳴らして驚いていた。


「ぐおお……! 勝負しとけばよかった……!」

 始まることのなかったカードを投げ出して、ローガは頭を抱えて机に突っ伏し悔しがった。

 そこまでかよ。

「スリーカード……。ああ、危なかった」

「ちくしょぉ……」

 ま、ミリアルドの方が一枚上手だったということだ。


「おい、ローガ」

「なんだよ? 慰めならいらねえぞ」

「お前、心理戦は向いてないな」

 残念だが、慰めどころか追い打ちだ。

「まずは表情をころころ変えるのをやめた方がいい。ミリアルドみたいに、常に余裕を持たないとな」

「いつか、誰かが言っていましたよ。『人間、危機に陥った時ほどふてぶてしく笑う方がいい』、と」

 さすがはミリアルド。いい言葉を知っているな。

 俺が勇者時代から体言している格言だ。

 あの魔王相手に一人で啖呵を切った時にも、この言葉には世話になった。


「まあそういうわけだ。たぶん、いくらやったところでミリアルドには勝てないぞ」

「ポーカーなんてのは究極的には運の勝負だろ! だったら一回ぐらい勝ってやるさ!」

 子ども相手にそんな弱気な時点でダメな気がするが……

 まあ、好きにやるといいさ。


「さあミル坊! もう一勝負だ」

「ええ、いいですよ」

 改めてカードを配り、再戦が始まる。

 しかしというか、やはりというか……結局その後、ロ――ガがミリアルドに勝つことは終ぞ、なかった。

 まんまとローガのビスケットのすべてをせしめたミリアルドは、内二枚を俺にくれ、二人で十二枚のビスケットを胃の中に納めたのだった。


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