第二十九話 神子の生まれ
「……っ、えっと……そう、"神子"っていったい何のことなんで……何のことなんだ?」
「神子……ああ、バランが僕のことをそう呼んでいましたね。言葉通りの意味ですよ」
言葉通り……つまり、神の子、ということか。
確かにミリアルドの姓は"ティムレリア"……女神の名前だ。
だが、当然ティムレリア本人の子供ではないだろう。
「僕が生まれたとき、その手に"神の爪"と呼ばれる神具を握っていたそうです。なので、僕は神の子供……神子として、ティムレリア教団に祭り上げられました」
「神の爪……?」
「はい。これのことです」
言いながら、ミリアルドは法衣をまさぐり、首にかけたそれを引っ張りだした。
「……なんだ、それ」
神の、なんて言うぐらいだから、それはそれはご大層なものでも出てくるかと思ったが……実際出てきたのは、白い骨の固まりのようなものだった。
「それが、神の爪?」
「はい。……がっかりしたでしょう?」
「ああ、いや……」
いいんですよ、とミリアルドは苦笑する。
「調べて貰ったら、実際動物の骨と同じようなものらしいです。神秘的のかけらもありませんが……でも、僕はこれを握って産まれてきたせいで、実の両親から引き離されてしまいました。
「え……」
突然の言葉に、俺は固まってしまう。
ミリアルドは……まだ、こんな子供だというのに、両親と共に暮らしているわけではないのか?
「僕の名前……"ミリアルド"というのは本名です。でも、"イム・ティムレリア"とは、古代神聖語で"ティムレリアから産まれた"という意味です。つまり、僕が神子と呼ばれることからの偽姓……偽の名字なんです」
「じゃあ、本当の名字は?」
「わかりません。実の両親の顔も、名前も……住処すら、僕は知らないんです」
「……っ」
そういうことか。
俺はミリアルドの壮絶な人生を、なんとなくだが理解した。
神の爪を握り、産まれてきたミリアルドは、ティムレリア教団に神の子として崇められ、実の両親と引き離されて育てられた。
それは恐らく、神子という異名が持つ、人々の求心力のためだろう。
そんな人間が教団の、しかも神官を勤めているのだとすれば、ティムレリア教団に箔がつく。
幼い頃から、教団を引っ張るためのエリート教育をされてきた。だから、ミリアルドはまだこんな年だというのに大人びて、知識も豊富なのだ。
「朝起きて、夜寝るまで……教団の教えを叩き込まれました。そして、今年になってからは正式に神官として活動を始めて……同年代の子供と会うことも、ほとんどありませんでした」
「ミリアルド……」
「でも、辛くはありませんでした。僕が頑張ることで世界が平和になり、幸せな人々が増えるのなら……それが、神子としての役目なのだと信じて、神官として働いてきました。でも……」
それが、バランのせいで。
奴の悪辣で非道なやり方で、今までの人生を、その努力を水泡に帰された。
大人にとってはたった6年だが……子供の6年の大きさは、子供にしかわからない。
それをすべて否定されたのだ。どれほど、心を痛めているのだろう。
「……でも、まだ終わった訳じゃない」
「え?」
どれほどの励ましになるかはわからない。
でも、ミリアルドの努力を、無駄にはしてやりたくない。
俺に出来ることがあるのなら。
「この一件、間違っているのはバランの方だ。魔物を放置して、教団を大きくしたところで意味がない。……なんとしてでも、あいつの鼻を開かしてやろう」
「出来るでしょうか……」
「出来るかどうかじゃない、やるんだ。……私も手伝う。私は……もう、君の友なんだ」
俺を見上げるミリアルドの瞳が見開いた。
そして、うれしそうに、微笑んでくれた。
やはり、ミリアルドの笑顔はすばらしい。神子の名が伊達ではない、神々しい笑みだ。
「ありがとうございます……!」
「どういたしまして」
厳しい道になるだろう。
少なくともこの大陸では、俺たちは重罪人。
それに、何か手立てがあるわけでもない。
一筋縄ではいかないはずだ。
それでも、諦めるわけにはいかない。
俺を救ってくれた、マーティのためにも。




