表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/188

第二十七話 聖獣の導き

 ……どれぐらいの時間が経っただろうか。

 体感では数時間ほどだが……窓一つなく、時間を示すものも持っていないのだ。

 正確な経過はわからなかった。

 牢獄の扉が開く音。

 バランが再びやってきたのだろう。

 だが、その様子がおかしかった。

 バランはさっき顔を見せたことなどなかったかのように、まるで珍獣を見るかのように俺たちを睨め回した。


「リハルトから聞いたとおりだが、こんな面妖なこともあるのですなあ」

「なにを言って――」

 要領を得ない発言にミリアルドが顔をしかめる。

 だが、その言葉は途中で遮られる。

 バランのうしろに着いてきていた、その人物の姿に。


「な……に……!?」

 今俺は、何を見ているのか――バランのうしろで、俺たちに冷たい視線を送ってくるのは、他でもない。

 ――ミリアルドだった。

「そんな……!?」

 俺は思わず、格子の向こうと、今まさに隣にいる二人のミリアルドを見比べた。

 同じ顔をしている。双子……いや、そういうものでさえない。

 まるで鏡像のように、瓜二つだった。


「まったく、失礼しますね。この僕の"偽物"だなんて」

 そして、声さえも。

 服装も同じ。ただ違うのは、今まで一緒にいた方のミリアルドには、封輪が装着されている、ということだけだ。

「あなたは、いったい……!?」

 ミリアルド当人も困惑している。

 いきなり現れた、自分と寸分違わぬ同じ顔の人物――しかもそいつに、お前は偽物だと言われている。

 気が狂いそうになる。


「まったく、我らがティムレリア教団の筆頭、三神官に化け、あまつさえ飛空艇を盗み出し破壊するなど……女神ティムレリアに逆らう、おおうつけに他なりませんな」

「ええ。協議するまでもありませんでしたね。即刻、死罪でしょう」

 ……このもう一人のミリアルドが何者かは知らない。だが、バランがこんなにすばやく帰ってきた理由はこれで明白だ。

 協議は執り行われた。ただ、すぐに結論が出たというだけだ。

 恐らくはすでに、決められていた事柄だからな。


「ティムレリア教団の規律に、死刑はありません! 罪人を許し、更正させ、生の喜びを知らせることが、我らの――」

「僕の姿と名を騙ったんです、特例中の特例ですよ。それに、それを幇助したあなたも、ね」

 本物の言葉を、偽物が遮る。

 同じ声で行われるやり取りに、頭がこんがらがりそうだ。

 俺を見る目の色さえ、まったく同じなのだ。


「処刑は明朝、団員や信者たちを集め、公開して執り行う。最後の晩をせいぜい楽しむがいい、罪人よ」

 バランはそう言い、気色の悪い笑い声をあげる。

 処刑されれば死ぬ。

 死ねば終わりだ。

 ……死んでたまるか。


「ミリアルド様」

「なんでしょう?」

 偽物が答える。だが、違う

「貴様じゃない。――私に任せてくれますか」

「え?」

 本物が聞き返す。

 目だけで改めて問うと、ミリアルドはその目に強い光を宿して、うなずいた。


「ありがとうございます。……おい、貴様ら」

「なんだ、小童」

 バランが言う。

 俺は不敵に笑った。

 人間、危機に陥ったときほど……ふてぶてしく笑うのがいいもんだ。

「気をつけた方がいい。巻き込まれたら……痛いじゃ済まないぞッ!」

 体中、全身の魔素マナを活性化させる。そしてそのすべてを両腕のみに集中した。


「な――」 

 偽物のミリアルドが驚愕に目を見開いた。

 魔力の高まりを感じ取ったか。だが――もう遅い。

 俺はその腕で、鉄格子を握る。

「吹き飛べぇッ!」

 全身全霊の魔素マナを、ただ単純に爆発させる。それだけの――だが、だからこそ強烈な、魔力の爆裂が起きた。


「ぐぅ――ッ!?」

 爆風の最中、バランの悲鳴。

 そして、俺が握っていた鉄格子はねじ切れ、折れ曲がり、人一人が脱出するだけの穴を作り上げていた。

「ミリアルド様!」

「はい!」

 振り向き、手を伸ばす。

 子供の小さな手を握り、俺は穴をくぐって一目散に走り抜けた。

 

「お、追えぃ!」

 背後からバランの声。

 あわよくば爆裂でけがの一つでも負わせていればと思ったが、うまくはいかなかったようだ。

 だが今はいい。

 とにかく、教団を脱出せねばならない。


「ミリアルド様! 出口は!?」

「そこを右です!」

 教団本部など入ったことがない。だが、構造を把握している人間が着いているのだ。

 脱出は難しくないだろう。


「いたぞ!」

 だが、走る前方にも騎士が現れた。

 他の騎士にも逃亡が伝わり、先回りされたか。

「くっ……」

 すぐそこの角を曲がる。とにかく捕まらないことを優先するしかない。

「ダメです……! 教団には数百人の騎士たちが待機しています! 逃げ切るなどとても……!」

「……っ、せめて武器があれば……!」

 剣は取られたままだ。

 それに、さっきの大爆発で体内魔素マナは使い切った。

 今の俺に、騎士と戦う術はない。

 どうすれば……!


「……待ってください!」

 ひたすら走る中で、ミリアルドが言った。

 上手く撒けているのか、今は背後から騎士は来ていない。

 声に従い、いったん足を止めた。

「なんですか?」

「あれを」

 ミリアルドが示した先。細い通路の奥に、何かがいる。

 それは、小さな獣のように見えた。

「動物……?」

 銀に煌めく、細く短い毛が全身を覆う。

 太い尾を揺らしながら、金色の瞳でこちらを見つめる姿は、狐によく似ていた。


「あれは……聖獣ヴルペスです」

「ヴルペス?」

 聖獣とは、神霊力を持った獣たちのことを指す。

 さほど数がいるわけではないため、俺も知っているものしか知らない。

 あの銀色の狐も、そうだと言うのか。

「教団の紋章にも使われる、強い神霊力を持った聖獣ですが……なぜあんなところに」

 ヴルペスは四つ足で立ち上がり、振り向いた。そして俺たちを一瞥したかと思うと、走り出した。

 まるで、着いてこいとでも言わんばかりに。


「行きましょう!」

「今は、聖獣様にすがるしかない、か……」

 悩んでいる暇はない。藁よりはマシだと思い、俺たちはヴルペスを追った。

 角を曲がるとヴルペスは待ってくれていて、俺たちの姿を確認してから走り去る。

 やはり、どこかへと連れていくつもりのようだ。

 さらに追う。するとヴルペスは廊下の中途で止まった。

 接近しても逃げない。ただ、その目はじっと、何もないはずの壁を見つめている。


「……ここでしょうか?」

 その視線の先の壁に、ミリアルドが手を這わせる。すると、何に反応したのか、壁に光が走り、横にスライドして壁が開いた。

「これは……!」

「隠し通路か!」

 ヴルペスはこの通路のことを教えてくれていたのだ。

 だが、なぜだ。どうして聖獣とは言え動物が、俺たちに逃げ道を教えてくれたのか。

 気になってヴルペスの方へ向き直ったが、その姿ははたと消えていた。


「……聖獣様の思し召し、か」

「クロームさん、行きましょう」

「ええ」

 通路は大きくはなかったが、屈めばなんとか通ることが出来た。

 道は暗く、ほとんど何も見えはしなかったが、右手を壁にこするようにしてなんとか進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ