第二十四話 長いお別れ
「――……!」
だが、テンペストは構うことなどなく、炎を作り出した。
まさか……効いていないのか!?
「そんな……!」
神聖力のこもった枝を飲み込んだと言うのに、一切効いていない……そんなこと、有り得るのか?
いや、考えている暇はない。テンペストは炎を作り出している。とにかくあれを迎撃しなければ。
魔素を剣に。再び魔剣術を放つ準備をした、その時。
「あ……」
テンペストの身体が、崩壊していく。
鱗状の身体が剥がれ落ち、煙を立てて消えていく。
「き、効いていたのか……」
枝の神聖力が、あの巨体に回りきるのに若干の時間がかかっただけだった、ということだ。
「ああ……よかったぁ……」
緊張が解け、マーティが情けない声をあげる。
だが、本当によかった。
あともう少しでも時間がかかっていれば、魔剣術の使用もできなくなるところだった。
「これで一安心だな」
「うん、早く中に戻ろうよ。私、もう限か――」
その、瞬間だった。
飛空艇が底部から激しく突き上げられ、船体を大きく跳ね上げたのは。
「なっ――!」
「え――」
何が起きた――考える前に、傾いた船体から、それが見えた。
身を朽ちさせたテンペストが、口元から炎の残滓を残しながら消えていくのが。
「あいつ……!」
神聖力によって身体を溶かされながらも、テンペストは未だ死んではいなかった。
天空の支配者の意地が、飛空艇に最後の炎弾を打ち込んだのだ。
「く、クロっ!」
「え――」
死に行くテンペストに気を取られていた、その間に。
マーティの身体が、飛空艇から離れていた。
「――ッ!」
手を伸ばす。――届いた!
空に投げ出されかけたマーティの腕を、なんとか掴む。
マーティも、その手で俺の腕を掴み返した。
肝が冷え、首筋に一気に汗が吹き出した。
「ご、ごめん。びっくりして、力抜けちゃって……」
「あ、ああ……大丈夫だ。今、持ち上げて……」
だが、飛空艇がさらに揺られた。またどこからか攻撃されたのか――いや、違う。
これは……!
飛空艇が、落下している!
高度が急速に落ちていく。今までまっすぐ空を飛んでいた飛空艇が、地面に向かって降下しているのだ。
「さっきの攻撃で……!」
《クロームさん、マティルノさん!》
どこからか、ミリアルドの声がする。
《先の攻撃で、飛空艇の機関部が破損しました! 飛行を維持できません!》
やはりそうか……!
あのテンペストのイタチの最後っ屁が、致命的なダメージになったのだ。
《船体が安定しません……! 二人共、早く中へ!》
「そうしたいのもやまやまだが……!」
飛空艇はバランスを失い、右に左にとまさに魚のように泳ぐ。
こんな状態では、マーティを救い出すことも出来ない。
「クロ……!」
「すまない、マーティ……! 今……!」
時間がかかってもいい。少しずつ、少しずつマーティを引き上げて――
「ッ!」
引き上げようと、しているのに……!
「『マグ』が……維持できない……!」
今までずっと使い続けていた反動がここでやってきた。
体内魔素が切れかけているのだ。
今にも魔術が解けそうで、気を抜けば、すぐに落ちてしまうだろう。
「くそっ……!」
俺一人の体重ぐらいなら、まだ支えられる。
だが、今はマーティを手にしている。弱まった魔力では、これ以上は……!
「クロ……」
「心配ない。大丈夫、すぐに引っ張り上げて……」
「――いいよ、もう」
「え……」
マーティは、微笑みながら、そう言った。
もう、いい。……どういう意味だ、それは。
「……手、離していいよ」
「バカなことを言うな! そんなこと、出来るはずが……」
「このままじゃ二人共落ちちゃうよ。『マグ』も、クロ一人ぐらいならまだ保つんでしょ?」
「……お前一人ぐらい、まだまだ大丈夫だ。だから――」
言葉の強がりとは裏腹に、左足の『マグ』が一瞬だけ解けた。すぐに立て直すが、もうこれ以上は……!
「……ねえ、クロ」
「喋るな。今、引き上げてやるから……!」
「クロは、魔王を倒さなきゃいけないんでしょ?……だったら、こんなところで死んじゃダメだよ」
「ああ、死なないさ。私も、お前も……!」
もはや魔術は保たない。早く引き上げないと。
だが、飛空艇が……足場がこれだけ不安定では、引き上げるだけの力が加えられない。
どうすれば……!
「ごめんね、クロ……。私のせいで、こんな迷惑かけちゃって……」
「迷惑なんかじゃない。親友を助けるのなんて、普通のことだろ……!」
「うん、そうだよね。だから……私、クロを助けたい」
「なに……?」
「このままじゃクロも落ちちゃう。そんなの、私嫌だもん。だから……」
マーティは、悲しそうに笑った。
俺の腕を掴む手に、魔素が溜まっていくのを感じる。
何を、する気だ。……まさか。
「やめろ、マーティ……!」
「ありがとう、クロ。……楽しかったよ。今までの暮らしも……この、旅も……」
「おい、マーティ! 駄目だ、やめろ、マーティ!」
魔素が、強まっていく。
何の魔術を使う気だ。
何のために、何をするために!
「――さよなら。……大好きだよ、クロ……」
「マ―――……」
俺の、身体に。
強い電流が、走った。
「ッづ!」
痛みが加わった、反射的な行動で。
俺の手は、自分の意志とは裏腹に。
その指を、緩めてしまっていた。
そして。
「マァァァァァアアアアアティィィィイイイイイイイイイイイイ――ッ!」
マーティの身体が、瞬く間に、空へと。
堕ちていく。




