第二十三話 狙い澄まして
「……わかりました! 私、やってみます!」
そして、マーティは決断した。そうだ、それでこそ俺の相棒――親友だ。
「お父さんとお母さんが作ろうとしたこの飛空艇……! そう何度も、落としてなんかやるもんか!」
「その意気だ、マーティ! ならば、露払いは私がやる!」
「頼みます!――速度を落とします、気をつけて!」
言うと、ミリアルドは込めていた力を緩めた。途端に速度が落ち、抑えつけられていた身体が自由になり――反動で逆に、引っ張られそうになるのを、こらえる。
「後部を開きます。そこから外へ!」
「はい!」
マーティはリハルトから枝を受取り、足に『マグ』を発動する。その状態で、開かれた出口から外へ出た。
俺も後を追う。速度を落としたとは言え、こうまで風が強いと、『マグ』の意地も大変だ。
「うぅ~、私『マグ』そんなに得意じゃないのに~!」
「危ないと思ったら私に掴まれ。絶対に拾い上げるから」
「うん――わっ!」
話していると、上空をテンペストが通過していった。
こちらが速度を落としたことで追い抜かれたのだ。
「でっかあああ……!」
マーティが叫ぶ。追われている時より、よりその大きさを実感したのだ。
テンペストは反転し、今度は正面から突進してくる。
歪な牙が並ぶ口腔を開くと、その奥で赤い炎が溜まっていくのが見えた。
ファイアーボールを吐き出そうというのだ。
「マーティは枝を射るのに集中してくれ。防御は私がなんとかする!」
「うん! お願い!」
剣を抜く。
相手が火炎を吐くというのなら――こちらはそれを消化する、水の魔剣術だ。
身体の中から腕を通し、剣に魔素を注ぎ込む。
魔力によって作り上げられた水分が、剣を滴ってこぼれ落ちる。それを刃へと変え、テンペスト目がけて振るった。
「『水流石火』!」
同時、テンペストが炎を吐き出す。すれ違いざまに交錯した炎弾と水の斬撃は、お互いを打ち消し合い、大量の水蒸気を生んで爆発した。
「ぐぅ……!」
「あちちちち!」
熱された水がはじけ飛んで、俺たちの肌を焼く。
だが、それだけだ。炎弾に飲み込まれていれば、今頃こんがりローストされていた。
「マーティ!」
「――……ダメ! ここからじゃ無理!」
わずかだがテンペストが背後を見せた。しかし、ここからでは遠すぎて狙えないようだ。
テンペストはさらに反転し、再び追いかけっこの体制になる。
「クロ、あいつの身体の柔らかい部分って、どこ?」
「……ない。テンペストは全身が強固な鎧鱗。外殻にはどんな刃も刺さらない」
ヴァサーゴは目が弱点だったが、テンペストの眼孔に瞳はない。どうやってこちらを見ているかわからないが、それが魔物というものだ。
「なら……口の中は?」
「……それしかないな」
テンペストが炎を吐く、その僅かな隙。そこを突くしかないだろう。
だが、いくら神聖なものとはいえ所詮は樹の枝。タイミングを誤れば、一瞬で燃え尽きる。
「クロ! 炎弾を敢えて何度か吐かせて! あとは、私ががんばる!」
「……ああ! 全部防ぎきってやる!」
何をどうがんばるのか――わからないが、わからなくいい。
マーティならきっとやってくれるはずだ。
なら俺は、それを信じるだけだ!
「『水流石火』!」
テンペストの吐く炎弾を潰す。水蒸気爆発が俺たちを襲う。
「――マーティ!」
「ごめん、まだ!……もうちょっとで掴めそうなんだけど……!」
マーティがテンペストの隙を見つけなければ正気はない。
「ああ、いくらでも時間をかけていい。お前のためなら……いくらでも戦える!」
テンペストがまたも火炎弾を打ち込もうとする。
だが、不可解だ。魔物とて馬鹿ではない。
二度三度と炎弾を防がれているのに、どうして同じ戦法を取り続ける。
飛空艇を落とそうとするだけなら、その巨体で体当たりでもすればいい。なのに、なぜ……?
「――『水流石火』!」
だが、考えている暇はない。
炎弾を吐き出すことしかしないのなら、こっちだって防御は容易だ。
……俺の中の、魔素が持つ限りは、だが。
今はまだ大丈夫だ。だが、いつまでも持つものではない。
ただ魔剣術を放ち続けるならまだ持つだろう。
だが今は『マグ』を並列して発動し続けている。
飛空艇に吸着し続けているのにも魔素を消費するのだ。
「クロ!……もっかい、炎弾防いでくれる?」
マーティの声音が違う。何かを掴んだようだ。
「ああ、任せろ」
ならば、それにすべてを託す。
テンペストが炎弾を溜め込む。合わせて、俺も剣に魔素を送り込む。
――正直なところ、今のままではあと二回が限界だ。『マグ』の消費が予想以上に激しい。
だから、助かった。この一撃が、最後の魔剣術だ。
「『水流石火』!」
水の斬撃が飛翔する。テンペストが吐き出した炎弾とぶつかり、爆発する。
これで――!
「マーティ!」
「うん! わかった!――あいつ、炎を吐く前に、喉を鳴らす!」
マーティの――リウ族の鋭敏な聴覚が聞き取った、テンペストの生態。
この戦いの、勝利の鍵だ。
「だから――これで!」
マーティが弓に枝を番え、弦を引き絞った。
普段は半開きのような気だるげな眼が、この時だけは見開かれる。
マーティの血に流れる狩猟種族の本能が、彼女を狩人に変えるのだ。
だから――この戦いは、俺たちの勝ちだ!
「行っけええええええ!」
マーティの指が、弦を離した。
射出された枝が、テンペストの巨体目がけて空を裂く。
テンペストは示し合わせたかのように口を開く。だが、まだ炎は溜め込まれていない。
そこへ――吸い込まれるように。
枝が、進入した。




