第二十二話 切り札
「あれって……竜!?」
マーティが声を荒げる。だが、それは違う。
「いや、竜型の魔物だ。竜とは似て非なる存在だ」
かつても一度戦った。その時は、真の竜の協力を経て初めて撃破に成功した。
竜は誇り高き生物だ。だが、魔物は違う。見た目だけ似ていたところで、中身が伴わなければそうとは呼べない。
「まさか魔物が追ってくるとは……!」
リハルトが焦りを見せ、背後のミリアルドへと向き直る。
「ミリアルド様! このままでは危険です! いかがされましょう!」
「どうもこうも……!」
ミリアルドは苦々しく言い、一度離れた操縦部へと戻った。
俺もそちらへと向き、ミリアルドへ問う。
「迎撃するんですか?」
「いえ、この飛空艇に武器はありません。逃げるしか……! みなさん、席に座ってください! 加速します!」
武器がないなら、どうにか振り切るしかない。今でも相当速いが、まだ加速できるのならするべきだろう。
言われた通りに席に付く。全員が座ったところで、ミリアルドは神霊術をさらに飛空艇に送り込んだ。
先程のような、身体が椅子に押し付ける感覚。さっきまでよりもかなり強い。腕が、首が、動かなくなる。
「ぐっ……!」
「すいません、みなさん。しかし……!」
飛空艇の警報は鳴り止まない。テンペストは尚も追い立ててきている。
「ど、どれだけ速いの……!?」
マーティも驚愕している。当然、俺もだ。
以前戦った時は真正面からで、速度比べなどしなかった。テンペストはここまで素早い魔物だったのか……!
「…くっ……!」
ミリアルドの顔色が悪くなっている。もしや、加速するのにも神霊術を使っているのか。
神霊術は体内の魔素は使わないとは言え、精神力を大きく消費するという。
これだけの速度――無理をしているのかもしれない。
それでも振り切ることが出来ないでいる。このままではミリアルドにも限界が来る。
そうしたらテンペストに追いつかれるどころか――本当に墜落する!
「ミリアルド様……!」
その様子にリハルトも気付いたか、その名を呼びかける。
このままではマズい……!
なら、俺がやるしかない……!
「ミ、ミリアルド様……! 速度を緩めて!」
「ですが、それでは……!」
「私たちがテンペストを迎撃します! あいつから逃げることは無理です!」
「危険すぎます!」
「百も承知です! 大丈夫、私たちにも戦う術ぐらい、あります!――マーティ!」
隣で重圧に耐えるマーティも、苦しそうにしながらも頷いた。
「『マグ』の魔術で、この飛空艇に貼り付けます。飛空艇の上で、奴を打ち倒します!」
手足に雷の魔術を纏わせることで磁力を発生させ、あらゆる物質に身体を吸着させる魔術が『マグ』だ。
今時点の速度では難しいが、先程ぐらいまで落としてもらえばなんとかなる。
あとは俺の魔剣術で、テンペストを倒す!
「……いいえ、許可できません」
「な――!」
今朝までは、俺たちの言うことをなんでも聞いてくれたミリアルドが、この期に及んで拒否した。
「なぜ!」
「テンペストは強力な魔物です。普通の術では倒しきれません!」
「ただの魔術ではありません! 私には、かつての勇者と同じ魔剣術があります!」
「――その魔剣術でも、難しいと言っているのです!」
ミリアルドは、俺の強気な発言に即答した。
「テンペストの闇の守りは強靭です。勇者クロードの魔剣術は通じたかもしれませんが、クロームさんの魔剣術が通用するとは限りません!」
「っ……!」
痛いところを突かれた。
かつてテンペストと戦った時の俺と、今の俺では実力に大きな差がある。それはわかっていた。
だが、何もせずにおちおち攻撃されているのは性に合わない。
例え無駄だとしても、一矢報いたかった。
「じゃあどうすれば……!」
「……リハルト!」
「はっ!」
「“枝”を使います!」
その言葉に、リハルトも目を見張った。
枝?……なんだ、それは。
「しかしこれは、魔王撃滅の切り札……!」
「切るべき時に切るから切り札というのです!」
「くっ……!」
リハルトはこの加速の中で立ち上がり、自身が管理していた荷物を開いた。
その中にはまさしく、樹木の枝と言うべき細い棒が入っていた。
「それは……?」
「神聖樹の枝……大量の神聖力が込められた代物です。これならば、あのテンペストを打ち払えます!」
神聖力……以前に戦ったヴァサーゴの闇の守りを剥いだのも、神聖樹イルミンスールから泉に染み出た神聖力だ。
確かにあれと同じものならば、テンペストにも効果があるはずだ。
しかし……!
「どうやってこの枝をテンペストに?」
振るって当てようにも、相手は空中だ。飛び移れるところまで接近するという、危険な戦術もあるにはあるが……!
「マティルノさん! あなたの弓の腕を、信じてよろしいでしょうか」
しかし、ミリアルドが指名したのはマーティだった。
まさか……枝を矢代わりに射ろと言うことか。
そんな無茶な……!
「信用って……私、ミリアルド様に弓の腕を見せたことなんかないですよ!?」
昨日会ったばかりの人間だ。わかるはずもない。
「いいえ、あなたの体つきや手指を見れば、あなたが不断の努力をなさってきたことはわかります。お願いします! 今この窮地を救えるのは、あなたしかいないんです!」
「マーティ……」
人の心の善悪だけでなく、その人間の実力さえも推し量るというのか。
ミリアルドの千里眼には末恐ろしさすら感じ入る。
だが……その選択は間違ってはいないだろう。
無茶ではあるが……無茶でもしなければ、この場を乗り越えることは出来ないということだ。
マーティの決断は――。




