第二十一話 迫り来る暗雲
「これが……飛空艇……!」
一目見た印象は、横から見た魚、だろうか。
薄く、平べったい青い身体に、白い長い尾が取り付けられている。背びれが天に伸び、腹びれは恐らく折りたたまれているのだろう、腹部に沿うように在った。
身体の横に取り付けられた羽も同じようで、あれが広がれば見目の印象は魚から鳥に変わるはずだ。
「さあ、乗りましょう。これを使えば、数時間で魔王城までたどり着けます」
かつての旅では二年以上の時間がかかった魔王城へ、たったそれだけで……。ロシュアを出発した日から考えても、二週間と経っていない。
妙な無常感に襲われた。
だが、逆に言えばそれだけで世界は平和になる時代だということだ。
もはや魔王の栄華は有り得ない。この大地は人間のものだ。
リハルト、ミリアルドに続いて飛空艇に乗り込む。
外見は薄く見えたが、近付くとそれなりの大きさがあった。空を飛ぶなどと言うのだから当然か。
中から外を見通せる大きな硝子張りが真正面。その前には、今の俺にはまったく理解出来ない大きな物体が置かれている。
そしてそのうしろには、椅子が複数整列して置いてあった。
あくまでも予想だが、あの大きな何かでこの飛空艇を操舵するのではないだろうか。剣の柄のような二本の棒が、そこから飛び出ている。
そして椅子は、俺たちのような飛空艇に乗る人間が座るためのものだ。
「みなさんは座っていて大丈夫ですよ。この飛空艇は、私が操縦します」
ミリアルドが大きなそれの前に立ち、二本の棒を握る。
向かって右の椅子にリハルトと護衛の神聖騎士たちが座ったため、俺たちは逆の椅子に座った。
「飛空艇って、こんな感じになってるんだねえ……」
存在は知っていたが、中には入ったことのないマーティも興味津々のようだ。
中に入ってまた気を落としやしないかとも思ったが、杞憂なようでよかった。
「起動します」
ミリアルドが言うと、操縦部から飛空艇全体に光の線が走った。途端、先のエレベーターのように、身体が浮き上がったような感覚があった。
飛空艇が……浮いているのだろうか。
ミリアルドが手元で何かを操作すると、正面向こうの闇が二つに割れた。
光がどんどんと広がって、向こうに青空が見えた。
本当に、空に行こうというのか。
「では……発進します!」
身体が椅子に、ぐっと押し付けられるような感覚。
重い……というほどではないが、重さを感じる。だが、すぐに慣れてしまった。
かつて、有翼種族にまたがって飛行したことはあったが、こんな感覚を味わったことはない。
これが飛空艇か。
「……よし。速度が安定したので、もう立ち上がっても大丈夫ですよ」
「……そ、そうか」
身体が押し付けられる感覚はもはやない。言われた通り、立ち上がっても何も感じなかった。
気になって、正面の硝子張りから外を覗いてみた。すると、ものすごい速度で景色が流れていくのが見えた。
「うひゃあ……」
いつの間にか隣にいたマーティもおかしな声をあげている。いや、俺もそんな声を出したいような気分だ。
どんな速馬に乗って駆けたってこんな速さが出ることはない。
これなら、本当に数時間で魔王城へ辿り着くだろう。
「お父さんとお母さんは、こんなものを作ろうとしてたんだね……」
「ああ。……本当にすごいな、これは」
これが、人間が作り出した叡智か。
今はこの飛空艇や、先程のエレベーターぐらいだろうが、魔機がもっと普及すればいろんな技術が進歩するだろう。
人間の進化は止まらない。魔術が授けられた時以上に、人間の文化は発展するだろう。
「魔王城到着まで休憩です。みなさんそれまで、どうかごゆっくり――」
そう、ミリアルドが言うか言わざるかと言ったところで突如、どこからか、耳をつんざくようなとんでもない音が鳴り出した。
「な、なんだ!?」
「警報……! まさか!」
ミリアルドが操縦部へと戻り、何かを操作する。
すると、後部に小さく窓が開いた。そこから覗くと、飛空艇の背後から何かが接近しているのが見えた。
あれは……雲?――まさか!
この飛空艇に差し迫る速度で、黒い雲が空を翔ける。
もちろんただの雲ではない。俺はあの雲の正体を知っている。
「雷雲?……あれって、ノーテリアから見えてた雲?」
マーティが言った。
そうか、季節外れに現れた嵐の正体は、コイツだったのか……!
「あれは、ただの雲ではありません!」
ミリアルドが言う。ミリアルドも知っていたのか。
「あれは、嵐を身に纏う魔物――!」
「空を暗雲にて覆う、天空の支配者!」
俺の言葉に、ミリアルドが続く。
奴の名は――
「――テンペスト!」
暗雲を振り払い、その正体を表す。
風に削られた岩山のような、荒れた皮膚。全身から突き立った角には雷鳴が走る。
暴、と嵐風のような鳴き声を放つ口腔には、剣山のような牙が生え並ぶ。
眼孔はあれど瞳はない。しかし、その視界は俺たちを視認する。
それが、天空の支配者、テンペストだ。




