第二十話 神霊術と魔機
部屋に戻って手早く荷物をまとめ、泊めてくれた教団員に礼を言ってから教会を出た。
何かの荷物を持つリハルトを先頭に、ミリアルド、護衛の騎士一人、俺とマーティ、もう一人の騎士という並びで、山を進んだ。
そういうつもりはさらさらないが、俺たちが逃げ出さないように囲んでいるのだろう。
「ミリアルド様」
騎士一人越しで話しづらいが、先を歩く少年に声をかける。
「はい、なんでしょう」
「この山に魔機があると言っていましたが、そんな場所、こんなところにありましたか?」
確かにベルガーナ山は大きな山脈を連ねているが、その山肌のほとんどは木々に包まれている。
飛空艇というものの大きさはわからないが、そう小さくはないはずだ。木を切り倒さなければ設置はできないだろう。
だが、そんな大掛かりなことをしていれば、少なからず周囲に噂が広まるはずだ。
どうやって隠し通しているのか、思いつかない。
「行けばわかります。一つだけ言うのなら、僕たちのような強い神霊術を使わなければ、決して辿り着くことのできないところです」
「神霊術……」
魔術とは異なる、また別の魔法術式だ。
魔術は魔素を使うが、神霊術はその名の通り“神霊”を媒介として行う術だ。
魔素は大気中から体内に取り込まなければならないが、神霊は大気中にあるままで術に変換できるという。
まあ、俺は使えないからそのぐらいしかわからない。
「やっぱりミリアルド様の神霊術って、ものすごーい威力なのかな」
うしろでマーティが聞いてくる。
「ああ、たぶんな」
神官位に就くぐらいの人物だ。その力は、俺やマーティが使う魔術とは比べ物にならないだろう。
あくまで伝説だが、かつて神官が雪山の雪崩を止め、山の下の村を救ったこともあるという。さすがに誇張された伝承だろうとは思うが、事実なら想像し得ない力だ。
ミリアルド・イム・ティムレリア……女神の名を姓に持つ只者ではない少年……。
一体、どれほどの力を有しているのだろうか。
「この辺りですね」
「え?」
朝出発してまだ数時間。頂上まではまだしばらくかかる位置で、リハルトとミリアルドは足を止めた。
「こんなところに……?」
周囲は相変わらず木々に囲まれ、若干の岩場が露出している。どこか行き止まりというわけでもなく、何かを隠せるような場所などない。
「はい。少々お待ち下さい」
言うと、ミリアルドは岩肌に近付き、小さな手でそれを撫でた。
「ミリアルド・イム・ティムレリアの名に於いて命ず。『開!』」
詠唱。ミリアルドの触れる岩の一部がかすかに発光し、重力に逆らうように持ち上がっていく。
「な……!」
「わあ……」
ゆっくりと、しかし確実に上昇していく巨大な岩。そしてその先には、洞穴が隠されていた。
「こんなところに……」
「言ったでしょう? 神霊術が使えなければたどり着けない、と」
まさしくその通りだ。
強力な神霊術でもなければ、この岩は持ち上げられないだろう。
そもそも、こんな山の中途半端な場所に入り口があるなど思わず、仮に位置を知っても入ることは許されない。
それに、山の中にあるのならば、どれほどの大きさだろうと木々を切り倒す必要はない。噂ほどにも人々に知られることはない、ということだ。
「行きましょう」
洞穴の中に入っていく。中は薄暗く、何があるかは見えない。
「今、灯りを灯しますね。『灯火』」
ミリアルドが言うと、その手の中に光の球体が現れる。それは緩やかに上昇し、洞窟の天井に当たって弾けた。
すると、暗い洞窟の中が昼間のように明るくなった。
「大気中の神霊を発光させる術です。あ、明るくなっても足場は少々悪いので、気をつけてくださいね」
「……はい」
ミリアルドが見せた術に心中息を呑みながら、俺は足元の邪魔な小石を脇に蹴っぽった。
明るくなった道を先へ進むと、行き止まりにぶち当たった。
しかしミリアルドたちは平然とその行き止まりに進み、立ち止まる。
また神霊術で開く隠し扉でもあるのかと身構えたが、今度は違った。
「足元の小さな段差の中に入るようにお願いします」
「……? はい……」
足元を注視すると確かにごく僅かな段差があった。足が半歩飛び出してしまっている。
意味はわからないが、とにかく足を段差内に収めた。
「行きますよ」
どこへ、と思った矢先。急に身体が地面に押し付けられるように重くなった。
――違う! これは……足場が、上昇している!?
「なななな……!」
ふらついてへたりこんだマーティも、言葉にならない声を上げている。
「み、ミリアルド様、これは?」
「これも魔機ですよ。魔動昇降機と言います」
エレベーター……? 飛空艇と聞いた時も思ったが、15年の進歩というのはいっそ恐ろしいものがある。
「これで、山の頂上まで一気に登ります」
「頂上まで……!?」
確かに、この速さで、しかも一直線で上に向かっているのだ。到着も早いはずだ。
「ひええ……」
「す、すごいな、これは……」
俺もマーティも驚きっぱなしだ。今の教団がこんな技術を有しているとはまったく知らなかった。
「言っておくが、これらの魔機に関しては一切の口外を禁ずる。本来ならば信者にさえも教えない、最重要機密事項なのだからな」
「例え言ったところで、信じてもらえないと思うがな……」
自動で昇り降りする床に、空を翔ける船。夢でも見ているかのようだ。
しばらくすると、足場の上昇が止まった。ようやく身体の重さがもとに戻るが、同時に内蔵が浮き上がるような感覚もあって、気分が非常に悪くなった。
「ぅぐ……」
ミリアルドたちが先導し、俺たちもややおぼつかない足取りでそれを追う。
すると今度は、やけに広い空間に出た。
そしてその正面に、それは存在していた。




