第十八話 ずっといっしょ
寝室に戻り、ベッドに寝転ぶ。
満腹に加えて疲れもあってか、急激に眠くなる。
このまま眠ってしまってもいいだろうと、まぶたを閉じた。
だが。
「ねえ、クロ」
「……どうした?」
親友の呼び声に起き上がり、向かい合う。
マーティが、神妙な面持ちで俯いていた。
彼女がこんな表情になったのは初めてだ。――いや、前に一度だけ、あった気がする。
確か、あれは……。
「あの子、飛空艇って言ってたでしょ?」
「……ああ。それがどうした?」
どこでこの顔を見たかを思い出しきれず、その前にマーティが話し出したのでそっちへ意識を移す。
「私……知ってるんだ、それのこと」
「……ほう」
さっきもそんな反応をしていた。
気になっていたことだ。耳を傾ける。
「その……クロはさ、私がロシュアに来た日のこと覚えてる?」
「ああ。3歳か、そこらだったな」
「うん。……リウ族の里に住んでた私は……お父さんとお母さんが亡くなって、伝手を巡ってロシュアにやってきた」
遠い東の大陸から、マーティはロシュアに来た。
――そう、その時だ。思い出した。
初めてロシュアに来た時に、マーティは今のような顔をしていたのだ。
眉間にしわを寄せ、悲しみを顔中に塗りたくったような、そんな顔を。
「今まで、話してこなかったんだけど……実はね、私の両親……魔機の開発、してんたんだ」
「なに……?」
魔機――先ほどミリアルドが言っていた言葉だ。詳しいことはわからないが、俺たちとは無縁なものだと思っていた。
だがマーティはそれを、10年以上も前から知っていたという。
「一回だけね、お父さんとお母さんのお仕事を見学したことがあって。その時に聞かされたのが、魔術の力で空を飛ぶ道具……飛空艇の話だった」
だから、マーティは飛空艇と聞いて驚いていたのか。
マーティは更に続ける。
「お父さんとお母さんが作ったっていう飛空艇に、二人が乗り込んで、そして……」
眉間のシワが、ぐっと深くなった。
俺も、覚悟を決めた。
「……墜落して、二人とも……死んじゃった」
たった一度の見学。初めて聞いたはずの飛空艇という言葉。
それなのに今なお強く記憶しているのは、そういうことだからか。
マーティの両親がすでに亡くなっているということは知っていた。
だが、なぜ亡くなったのか、その理由は聞いてはいなかった。
聞いても仕方ないことだと思ったし、本人も話したがらないと思ったからだ。
「ごめんね、クロ。隠してたわけじゃないんだけど……話すと、あの日のことを思い出しちゃうから……」
「いいさ。……誰だって、両親が亡くなった時のことなんて、話したくない」
俺も――昔の俺、勇者クロードも、両親を亡くしている。
だからあの日、ロシュアに来たマーティに親近感を覚えた。
両親がいない辛さを、その痛みを知っていた。だから、少しでも力になれればと思った。
そして今。俺たちは――私たちは、親友だ。
「なあ、マーティ」
だから、俺も話してやろう。
「私も一つ、隠していたことがある」
全てではないが――一つの、秘密を。
「え……?」
「実はな。この旅の本当の目的は、王都の騎士になることじゃないんだ」
「それって……」
王都ソルガリアで騎士になり、ロシュアを守るために出世する。それが目的でソルガリアに向かうのだと、俺はマーティに説明していた。
だが、本当は違う。
「私は……魔王を倒しに行くつもりだった」
「魔王……?」
マーティが怪訝な顔をする。まあ、当然か。
気にせず、今は話を進めた。
「ミリアルドが言っていただろう? 魔王が復活しつつある、って」
「うん」
「実は、私もそれは知っていたんだ。だから魔物が再発生しているって、知っていた」
「なんで、そんなことを……」
死にゆく魔王から直接聞いたのだが……。
これは、まだ話さないでおこう。
「まあ、そういうわけで一つ提案だ」
「提案?」
「明日、ミリアルドに着いていかないか?」
え、と呆気にとられた顔をして、マーティは驚く。
「あいつらは飛空艇を使って魔王城に行く。魔王を倒すために。……つまり、目的は私と同じなんだ」
「う、うん」
「だから、あいつらに着いていけば私の目的も達成される。ソルガリアに行って、騎士になる必要もなくなるんだ」
もちろん、魔王を倒すという目的とは別に、自身の生きる道として騎士になる気はあるが……それでも、大きな目標がそれで終わる。焦って騎士になる必要もなくなるんだ。
「でも、あの人たちに着いていくってことは……」
「ああ。……飛空艇に乗ることになるだろうな」
「ぅ……」
ひどいことを言っているのはわかっている。
両親を目の前で亡くしたその原因に乗ると誘うなど、しかも話を聞いた直後とは、普通に考えればとんだ外道だ。
「大丈夫だ。教団の神官が乗るようなものだから、安全は確立されているはずだ」
気休めの発言だ。いくら安全だとわかっていようと、怖いものは怖い。
「それに……もし、何かが起きたとしても」
だから、せめてその恐怖を、少しでも取り除けるように。
「私が守る。命がけで」
もしも、再び飛空艇が墜落したのなら、俺のすべての魔力を使ってマーティを守ろう。空高くから落ちれば確実に死ぬ。ならば、一人マーティだけでも生き残らせてみせる。
絶対に。
「……クロ……」
「嫌だという気持ちはわかる。でも私は、マーティに着いてきてほしい」
もしも魔王城に辿り着き、復活した魔王を倒した時。俺が今生きる目標が叶った時。
その時俺は、マーティにすべてを話そうと思う。
俺の正体を。今まで隠してきたすべてを。
そして、それが勇者クロードの最後だ。
「お願いだ、マーティ……。私と……いっしょにいてくれ」
マーティは、じっと俺の顔を見つめていた。
不安そうな表情で、物悲しそうな瞳で。
だから俺も、その瞳を見つめ返した。
俺の心の想いを、じっと伝えるために。
そして、いくらかの時間が経って。
「――ふふ……」
マーティが、笑った。
「ふふふ、あは、あはははは……!」
楽しそうに、おかしそうに。
少し驚いたが……やはり、マーティはこういう表情の方が似合う。
「あーあ……なんか、負けちゃったなあ」
「負けた?」
「うん。クロの……熱意って言うのかな。そんな感じの何かに」
今のマーティには、さっきのような悲しい感情は一切見受けられない。
いつもどおりのマーティだ。
「正直、飛空艇に乗るのはまだ、怖い」
「わかってる。だから……」
「うん。守ってくれるんでしょ?……でも、ちょっと違うなぁ」
何が、と問う前に、マーティはにかっと笑って答えた。
「私だってクロを守るよ」
「え?」
「もし墜落したとして、クロが私を守るって言うなら、私はクロを守る。私だけ生き残るなんて嫌だもん」
「マーティ……」
そうか、俺は……そんな簡単なことを見落としていた。
マーティ一人を守ったって、意味がない。
それでは、親を亡くしたマーティと、かつての俺と変わらない。
みんな生き残らなければダメなんだ。
「ああ。頼むよ、マーティ」
俺がマーティを守る。だから、マーティが俺を守る。
それなら、二人とも、いつまでも、無事のままだ。
「……にしても、さ」
「どうした?」
マーティは俺の顔を見て、意味深な表情で薄く笑う。
「気をつけたほうがいいよ、ってね」
「……? どういうことだ?」
問うと、マーティは悪戯っぽく、にやりと口を歪めた。
「もしクロが男だったら、今絶対に押し倒してる」
「……はあ?」
急に何を言い出すというのか。……いやまあ、今の俺は半分男のようなものだとは思うが。
「だって、クロはかっこよすぎるよ。“私が守る”だなんて、そう簡単には言えないって」
「そ、そうか……?」
「うん。ホント、好きになっちゃうとこだった」
誰かを守るというのは、昔から俺の生きがいみたいなところがあった。
誰かに目の前に死なれるのが嫌だというのもあるが……やはり、俺は根っからの勇者だということだろう。
……自分で言うことではないな。
「いや……この際、女の子同士でもいっか」
「え?」
マーティがそう小さくつぶやいた、瞬間。
マーティはベッドから跳ね跳んで、言葉通り俺を押し倒していた。
「ぐはっ」
お、重い。
「うへへへえ~!」
「あああ、やめろ、マーティ! ちょ、変なとこ触るな、おい!」
「よいではないかよいではないかー」
猫がじゃれ合うように絡まり合って、きれいに作られたベッドをめちゃくちゃにして、馬鹿みたいに騒いで、無駄に疲れて……そして、笑い合った。
ずっといっしょだった。子供のころから、ずっと。
楽しい時も、辛い時も。
そして、これからも……きっと。




