エピローグ
村の外で、飛空艇が離陸する。
飛空艇が飛ぶのを外から見るのは初めてだ。
……傍から見ると、やはりあんな重そうな鉄の塊が浮くのは不可解だ。
何度も利用しておいて今更ではあるのだが……。
「じゃあね~」
マーティが上空の飛空艇に向かって手を振る。
窓の向こうで、ローガとサトリナが手を振り返してくれていた。
ゆっくりと飛び去って、見えなくなるまで、ずっと。
「……よし、己れも行く」
「イルガ……」
一瞬、イルガの身体が赤熱した。
途端その身体が大きく膨れあがり、飛竜の姿に変わる。
「おお、何度見ても壮観だねえ」
「クローム。お前が困ることがあったら、己れはいつでも飛んでくる。気軽に呼んでくれ」
巨体から発せられる声に、俺はああと頷いて返す。
「じゃあな」
言葉少なにイルガも飛び去った。
大きく翼をはためかせ、遙か彼方へ小さくなる。
それを見届けて、マーティがぼそりと呟いた。
「……どうやって呼べばいいんだろうね。世界のどこにいるかもわからないのに」
「……そういえば、そうだな」
雰囲気のままに答えてしまったが、それもそうだ。
……まあ、途轍もない危機に陥って、どうにもこうにもならない時に大きな声で叫んでみよう。
そんな事態になることなど、ほとんどないだろうが。
「さて、と。……帰るか」
「うん」
皆の見送りも終わって、俺たちはロシュアへ戻る。
魔物によって破壊された家屋や、荒らされた田畑が目に映る。
早く治さなくてはならない。
だが、今は……。
「お~い」
向こうから、呼ぶ声がする。
父さんと、母さんと……セロンと、トリニアが。
笑顔で待ってくれていた。
「……帰ってきたな」
「うん。今度こそ、本当にね」
すべてが終わった。
そして、これから始まる。
俺の――いや、私の、本当の人生が。
もはや勇者クロードは必要ない。
“俺”である必要は、なくなった。
勇者クロードは死んだ。今、ここで。
私は、クロームだ。
クローム・ヴェンディゴだ。
これからは、ただそれだけの人間だ。
だから、まずは第一歩。
クロームとしての初めての一歩は、この一歩だと決めていた。
すべてを終わらせ、このロシュアに帰るこの足だ。
「ごめん、マーティ」
「ううん。……行ってこい、親友!」
背中を押されたその勢いのままに、私は走る。
待ってくれていた家族に。
大事な大事な家族に、この家の長女として、告げる。
「――ただいま」
世界は続く。
魔物のいない平和な世界が。
そして私は、この世界で生き続ける。
たった一人の、なんてことのない少女として。
――クローム・ヴェンディゴとして。
それが、私の――始まりだ。




