第百八十四話 また会う日まで
「本当は……王都ソルガリアで騎士になるための旅だったんだがな」
騎士になり、力をつけて、国の力を借りて魔王城に行くつもりでロシュアを出た。
それがミリアルドとの出会いによって大幅に変わってしまった。
もはや王都の騎士になる理由はない。
となると……どうしたものか。
「とりあえず……家に帰ってゆっくり休みたいかな」
「んだよ、それ」
ローガに呆れられ、俺も自分自身で可笑しいことを言ったと笑ってしまう。
「いや……なんというか……ようやく、魔王との戦いが終わったんだなって思うとな」
俺の人生は、ずっと魔王との戦い一色だった。
前の人生――クロードだった時、俺は魔王を倒すために勇者となった。結果、魔王ディオソールと相討ちになったが、魔王は復活すると言い残した。
そして俺自身、今こうしてクローム・ヴェンディゴとして生まれ変わり、また魔王の復活を阻止するべく奔走してしまった。
二度の人生に渡って魔王と戦った人間など、他にはいるまい。
ならば、そろそろ……休んでもいいんじゃないかって。
「苦労かけさせてしまって、すいません」
なぜだかミリアルドが謝る。
一瞬ぽかんとしたが、意味がわかった途端にまた笑ってしまった。
「悪いのは前世(魔王)の方だろう? 君のせいじゃない」
「そうなんですけど……」
まったく、変なところでミリアルドはまじめだ。
だが、だからこそミリアルドはミリアルドなんだ。
自身が魔王ディオソールの生まれ変わりであると自覚していながら、それに呑み込まれずに役割を果たした。
しかも今後もまだ神官として働き続けるというのだ。まだまだ子供だというのに。
本当に、すごいと思う。尊敬できる。一人の人間として。
「……そうだ。クロームさん、一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?」
ふとミリアルドがそう告げた。
ミリアルドの願いなら何でも叶えてやりたくなる。もちろん、可能ならば、だが。
「落ち着いたらで構わないんですが……教団の神聖騎士になりませんか?」
「神聖騎士?……なるほど」
ティムレリア教団で働いてくれ、というスカウトだ。
教団は未だ大きな影響力を持つ。特に、これからの復興の世では西に東に大忙しとなるはずだ。
バランが抜け、バラン一派の一部の神聖騎士たちも追放された今、少しでも戦力が欲しいというところだろう。
それも悪くはない。少なくとも食いっぱぐれることもないだろう。
それに……。
「どうでしょう?」
「考えておくよ。……それに、もし私が神聖騎士になれば、またいつでもミリアルドといっしょにいられるからな」
「そっ、それは……。僕は、そんなつもりで言ったわけでは……」
ミリアルドの顔が赤くなる。
バランとの決戦の最中に言われた言葉を忘れてはいない。
あれをないがしろにはしたくないが……いろいろと、まだ早いだろう。
だから、今は教団には行かない。
今はただ、ゆっくりと身体を休めよう。
ロシュアも先のテンペストによる被害がある。
町の復興が済んで、そうしたら……ミリアルドの元へ行くのも、悪くはないな。
「……よし、それじゃあそろそろ行くか」
立ち上がる。みんなもいっしょに。
森の出口に向かって、ゆっくりと歩みを始める。
「では……クロームさんとマーティさんは、ここでお別れですね」
ミリアルドが言う。
「ああ。悪いな、真っ先に」
「決戦がこの森だったんだもんねえ。……ホント、驚き」
俺とマーティが最初に魔物と戦った場所だ。
ここで始まり、ここで終わったのだ。
なんだか感慨深い。
「他のみなさんは、僕が飛空艇で送り届けますね」
「頼むよ、ミル坊」
「お願いしますわ」
ローガとサトリナが答える。
「己れは自分の翼で帰る。……あれには、あんまり乗りたくないからな」
飛空艇が苦手だったイルガだけがそう言った。
まあ、飛竜の姿ならばさほどの時間はかからないだろう。
「さみしくなるねえ……」
マーティが言う。
もはや森の出口は目の前だ。
俺たちがいっしょにいられるのも、もう少し。
「何、会おうと思えばいつでも会えるさ。私たちは同じ世界で生きてるんだ」
死に別れたわけでもない。
何年も時間が経過したわけでも、別人になったわけでもない。
いつでも、会える。
それが何よりも、嬉しかった。
「みんな」
だから、俺は言う。
今の俺の――素直な想いを。
「今まで、ありがとう」
そして――これからも。
「また、会おう」
みんなが、一様に笑った。
別れはさみしいものだ。だが、これは永遠の別れではない。
いつでも会える。会うことが出来る。
この世が平和であるならば。
「はい」
「おう」
「ええ」
「ああ」
みんなが、答えてくれる。
俺の――大事な、仲間たちが。
「本当に……ありがとう」




