第百八十三話 これからのこと
「みなさん、これからどうしましょうか」
神聖樹の下に腰を下ろし、俺たちは話し合う。
すべては終わった。魔王の復活は阻止され、もはや世界に魔物は現れない。
「ミリアルド、魔王の力はどうするんだ?」
俺が尋ねると、ミリアルドは手にしていた黒紫の球体に視線を移した。
「これは恐ろしいほど強大な力です。なので、安全なところに保管します」
「安全な場所って?」
マーティが尋ねると、ミリアルドは小さく微笑んでおもむろに、自分の胸にその球体を押しつけた。
「あっ……」
魔王の力がミリアルドの体内に吸収されていく。
そのすべてを飲み込んで、ミリアルドはふうと一息ついた。
「僕自身の体内にあれば、誰かに奪われるなんてことはありません。これから長い年月をかけて浄化していきます」
「なるほど、それは安全だ」
これで憂いはなくなった。
なら、後は……。
「ならば、お別れだな」
イルガが切り出した。
誰もが思っていたこと。
そして誰もが思いたくなかったこと。
俺たちは魔王の復活を阻止するために集まった。紆余曲折を経てバランの撃退へと目的は切り替わったが、それも今、終わった。
だったら、俺たちは別れなければならない。
「みなさん、それぞれの生活がありますからね。当てもなく旅をするのも悪くはないですけど……」
「まだいろいろ、やらなければならないことは多いですものね」
ミリアルドとサトリナが言った。
世界の恐怖が去った今、俺たちに残された次の課題は世界の復興だ。
魔物による被害、バランが残した爪痕を修復しなければ、真の平和とは呼べないだろう。
特にバランよってめちゃくちゃにされたティムレリア教団や、未だ完全復興には至っていないドランガロなどは人手が必要だ。
「ミリアルドはどうする?」
「僕は教団に戻ります。雑務をすべて押しつけて来てますからね」
「そういや、ミル坊はお偉いさんだったんだよな、その年で」
ローガがどこか呆れ気味に言う。
俺の半分ほどの年齢だというのに、ミリアルドは俺たちの中で一番の立場にある。
忙しさも一番だろう。
「じゃあ、ローガは?」
「俺は武闘大会だな。魔物騒ぎが収まれば再開するって話だからな」
そういえばそうだったな、とローガが旅の仲間になった理由を思い出す。
ラクロールで開かれる武闘大会に出ることがローガの目的だった。
「サトリナもか?」
「そうしたいのはやまやまですが……復興のお手伝いもありますから。お兄様に聞いてみないと」
「お前とも決着つけてえからな、いつも通り抜け出してくればいいんじゃねえか?」
「今回ばかりはそうも言ってられませんわ」
おてんば殿下も気の引き締め時はわかっているようだ。
有事の際にも放浪しているようでは、王家の尊厳は保てない。
「イルガちゃんは?」
マーティが尋ねる。
「己れは一旦グレンカムへと戻る。いろいろと長老に報告したいこともあるからな」
父、バラグノの意志を受け継いで、世界の平和を取り戻すために戦ってくれたイルガ。
これは戦うための旅だった。目的が果たせれば当然、故郷に帰ることになる。
「じゃあ、いつか遊びに行くね。あたし、グレンカムって行ったことないんだぁ」
俺たちがグレンカムに行ったとき、マーティはまだ旅に加わってはいなかった。
マーティ一人だけがまだあの地に足をつけていないのだ。
「いや――来ない方がいいな」
しかし、イルガはそれを拒否した。
どういう意味だとマーティは小首を傾げた。
「なんで?」
「グレンカムにいるのは少しの間だけだからな。己れはまた旅に出ようと思う。今度は、一人で」
「旅……? 何か理由があるのか?」
尋ねると、イルガは空を見上げて遠い目をして答える。
「もっといろんな世界を見てみたい。己れは長らくグレンカムにいたからな。父さんが愛したこの世界を、もっと知りたいんだ」
「世界を、知る……」
「ああ。だから、グレンカムに来たところで己れはいない。会いに来るというのなら、よしておいた方がいい」
バラグノは、死の瞬間まで世界のために行動していたという。
意志を受け継いだイルガならば、そのバラグノの想いをも引き継ごうということだ。
「そういうお前たちはどうするんだ? クローム、マティルノ」
イルガが尋ね返してくる。
そう、俺たちだ。
「あたしは……ロシュアに戻って、また狩りの生活かなぁ」
そうだろう。マーティは昔から一人で、そうやって生活してきた。
左腕を戻す方法などはないだろうし、本人ももはや受け入れているから大丈夫だ。
ならば……俺は、どうしたらいいのだろう。




