第百八十一話 平和か消滅か
「……なっ……!?」
マーティを見る。本人も目を見開いて困惑していた。
「どういう意味だ!」
「我が輩が幻を操るのは知っているだろう? 我が輩が数十年の月日を費やして作り上げた幻影魔術だ。記憶を持った幻の人間を作り、魔物の幻を生めば我が忠実な手先となる」
偽のミリアルドや、偽の兵士を作り上げたあの術のことだ。
テンペストや村を襲った魔物も、あれと同じ術だったようだ。
だが、それがマーティと何の関係が……。
……まさか……。
俺の表情が変わったことを悟られて、バランは剣を払いのけてのっそりと立ち上がった。
歪んだ笑みを口元に、まるで勝ち誇ったかのように。
「その女は、我が輩が作った幻よ!」
「――……ッ」
まさか。
そんなはずは。
「でたらめを言うな!」
「ああそうだ! だいたい、テメーの術の見分け方はもうわかってんだよ!」
ローガも反論してくれる。
バランが生んだ幻の人間は、強烈な腐臭がするとわかっている。マーティからそんな匂いはしていない。
鼻が利くローガが気付いていないのだ、あり得ない話だ。
「でたらめではない!……我が輩は、海から流れ着いた死に損ないのその女を拾い上げた。魔機の実験に使おうとな。だが、その腕の移植中に本当に死んでしまったのだよ」
「……あたしが、死んだ……?」
マーティが当惑している。
そんなことはない。マーティは生きている。
こうして、今ここにいて、いっしょに生きている。
死んでなどいない!
「そのまま棄ててしまおうとも思ったのだがな、せっかく進めた移植作業をやり直すというのも七面倒だ。だから、我が輩の幻を使い蘇生させたのよ……!」
「そんな馬鹿な……! 死んだ命を戻すことなど、どんな魔術でも、神霊術でも不可能です!」
魔術も神霊術も知り尽くしたミリアルドが言うのだ、事実なのだろう。
俺だって聞いたことなどない。死者蘇生の術などというものは。
「我が輩の幻影の魔術は、髪の毛一本あれば記憶を受け継ぐ幻を生み出せるのだ。ちょいと応用すれば、蘇生に等しい芸当も可能なのよ。くくく……」
バランは得意げに笑い出す。
事実、俺たちはミリアルドの偽物を見てしまっている。
確かにあんなものを作り上げられるのならば、実際に生き返らせたわけではないとしても、似たようなことは出来るのかも知れないと思えてしまう。
しかし、そんな……!
マーティが……せっかく再会できた親友が……幻だと……!?
信じられるわけがない。
「ふざけたことを……!
「そう思うならば我が輩を殺すといい! ただし、貴様は二度とその女とは会えなくなるがな……!」
「ぐ……っ!」
こんなの嘘だ。口から出任せに決まっている。
殺されたくなくて、死にたくなくて、適当なことを言って生き延びようとしているだけだ!
そうに違いない。だから、構わない。
大丈夫だ、やれ、やるんだ……!
――しかし。
出来るわけが……ない……!
「クロ……」
「私には……出来ない……!」
剣を、下ろす。
やっと、やっと会えたんだ。
死んだと思っていたのに。もう二度と会うことはないと思っていたのに。
奇跡かと思うような再会を果たして、これからはずっと一緒だと決めたのに。
マーティが……消えるなんて……!
「賢明な判断だ。我が輩が死ななければその女も消えることはないのだからな……!」
「卑怯な……!」
サトリナがバランを罵る。だが、当然堪えた様子はない。
「もしもの保険を用意して何が悪い。我が輩は、死ぬわけにはいかんのだよ……!」
俺も、他のみんなも――手が出せない。
バランは傷ついた体を押して森から去ろうとする。
あと一歩だったというのに……! このままおめおめと逃げ延びさせてしまうのか。
このままでは、いずれまたバランが何かしでかすに違いない。
魔王の力がなくとも、この男は策を講じるはずだ。だが、これ以上は俺たちには手が出せなくなる
人質を取られているようなものなのだ。
くそ……っ!




