第百八十話 終結、しかし
「オオオオオオオオオォォォォォ……!」
叫び声。――いや、これは泣き声だ。
泣いているのだ。魔王ディオソールが。復活を遂げられずに、嘆いているのだ。
悲しいだろう。だが、これでお別れだ。
真っ二つに裂けた傷口から、黒紫の煙が吐き出されていく。魔王ディオソールの魔力だ。
「ミリアルドッ!」
「はい!」
ミリアルドの小さな身体が駆け寄って、霧散しようとする黒紫煙に手を伸ばした。すると、煙は吸い寄せられるようにミリアルドの手中へと集い、同じ色の球体へと変化した。
これが……魔王ディオソールだったものだ。
バランの魔神機を乗っ取り、世界を破壊しようとした魔王の、末路だ。
「終わった、か……」
魔王の力を手にしたミリアルドを見下ろして、俺はため息と共にそう言った。
神霊術の空間が消え去っていく。元の森、神聖樹の前まで戻ってきた。
と、鋭い金属音が耳をつんざいた。見ると、振り下ろしたジオフェンサーの剣身が、半ばから砕けて折れてしまっていた。
膨大すぎる魔力を受け止めきれなかったのだろう。
――ここまでがんばってくれて、ありがとう。
心中、長らく付き添ってくれた剣に礼を言って、俺は沈黙した魔神機へ向き直った。
顔面から一直線に身体を切り裂かれた魔神機は、ぴくりとも動かない。
その姿も、最初に見たときの鈍色の人形へと戻っている。目の輝きも消えてなくなり、生き物だったならば死んでいるかのようだ。
「……どうなったんだ、これ?」
みんなが集まり、動かなくなった魔神機を覗く。
その中で、少し不安そうにローガが言った。
「勝った……ということで、いいのでしょうか?」
「いや、まだだ」
サトリナにそう返し、俺は魔神機へと接近した。
切り裂かれた装甲の奥に潜むそれを――俺は、引きずり下ろして投げ飛ばした。
「ぐぅ……!」
バランの太った身体が、地面を跳ねて転がった。
「生きてたのかよ、あれで……」
ローガの呆れたような声にもまったくの同意だ。
いくら魔王の力による防護があったとはいえ、俺たちの技のすべてを受け止めたのだ。
中にいるはずのバランのことなんかまったく考慮しなかったが、こいつはおめおめ生き延びている。
「悪運の強い奴だな」
イルガの言うとおりだ。
魔王ディオソールが不完全ながら復活を遂げたのは、バランにとっても予想外だったはずだ。
最終手段として残していたというのなら、一度俺たちに押された時の狼狽はあり得ない。
「だが――それも、これで終わりだ」
俺は剣を――さっき、リハルトから返されたシュバルツヴァイスを引き抜き、バランの首筋へと突き立てた。
剣先がわずかに首へ沈み、皮膚一枚を切り裂いて血が伝う。
「お前は散々この世界に悪意を振りまいた。許すつもりはない。――ここで、殺す」
そう言い、俺はミリアルドの方へ視線を向けた。
ミリアルドは一瞬、悲しそうな、申し訳なさそうな表情になったが――何も言わず、俯いた。
さすがのミリアルドも、もはや放ってはおけないと判断したのだろう。
ならば、遠慮はない。
今までの恨みを、ここで晴らす。
「ふ、ふふふ……!」
しかし、そんな状態でも尚、バランは笑っていた。
強がりだ。もはや笑える状況ではないというのに。
「我が輩を殺してしまって、本当にいいのか……?」
「今更何を。あなたのような下劣な人間、生かしておく方が問題ですわ」
サトリナが厳しく言う。
バランは、サトリナの祖国セントジオガルズの都市の一つ、ドランガロを破壊した。
国を愛する彼女にとって、到底許せることではないだろう。
「ああ。もはや世界はお前を必要としていない。教団もミリアルドがいれば回るだろうしな」
バランはティムレリア教団の重役、三神官の一人ではあったが、失脚してから特に困ったことは起きていない。もしも必要ならば新たな神官を定めてもいいだろう。
しかし――バランはそれでも、怪しい笑みを絶やさない。
何を考えているか、読めなかった。
「くくく……。そうか、ならば殺すがいい。計画が破綻した今、我が輩ももはや惜しい命はない。だがな……!」
バランは煤にまみれた腕を持ち上げ、その手を――マーティへと、向けた。
「我が輩が死ねば、その女も消えることになるぞ……!」




