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第百七十九話 渾身

「あたしたちも行こう、イルガちゃん!」

「ちゃんを付けるな!」

 マーティが弓を引き、矢が飛翔する。膝を着き動きを止めた魔神機の肩や腕に次々と突き刺さる。

 しかし、ダメージは薄そうだ。あの巨体では、小さな矢では大した傷にはならないのだ。

 イルガの髪が紅蓮に燃え上がる。翼を広げ、全身から灼熱の炎を立ち上らせた。

「己れの全てを――この焔へと変える!」

 イルガの頭上に火炎が集っていく。みるみるうちに火の玉が形成され、膨れあがり、まるで天から照らす太陽のように顕現する。

「竜の炎に――喰われて、燃えろ!」

 イルガが拳を突き出した。それに従うように、灼火の塊が火の粉を散らして飛んだ。

 炎が魔神機へ迫る。――その姿が、変化していく。

 巨大な胴体から、太い尾を生やし、翼を広げて飛翔する竜――しかも、双頭のそれへと、炎が具現化したのだ。

 二つ首である以外は飛龍のイルガそのもののようなそれが、魔神機へ迫った。

 が、魔神機は腕を持ち上げ、その竜を受け止めてしまった。

 二首をそれぞれに鷲掴みにされ、竜は暴れもがく。直撃すれば大ダメージだったというのに……!

「くっ……!」

 イルガが悔しそうに唸る。

 だが隣に立つマーティは、笑っていた。心配ないよ、とでも言いそうな顔で。


「イルガちゃん、矢を狙って!」

「矢を?――任せろ!」

 イルガの操作に、竜が巨体をねじらせた。

 炎の翼をはばたかせ、竜はその腕を伸ばした。火炎の腕が、魔神機の肩に刺さった矢へと触れると――

「これは……!」

 その身体が、突如まっ青な蒼炎へと変貌した。

 蒼竜が咆哮する。魔神機の防御を振り払い、もう一方の腕を、さらに魔神機に刺さる矢へと伸ばす。

 途端、蒼炎の竜の身体がさらに激しく燃え上がった。胴体、尾、手足がさらに膨れあがり、さらには双頭の間から新たな首が伸び、三つ首竜となった。


「矢にはあたしの魔力を込めておいたからね! 二人分の炎だよ!」

「ああ。――喰らいつくせ!」

 轟く咆哮。蒼炎竜は魔神機の抵抗を力で振り払い、手足の爪と三つ首の牙を鋭く食い込ませた。

 めきめきと、魔神機の身体にひびが入っていく。隙間から炎が入り込み、内部からさらに焼き尽くす。

「オオオォォォオオオォォォ……!」

 何かが吼える。――魔神機の叫びだ。

 悲痛な叫びだ。未だ魔王ならざる魔王の、苦しみと嘆きの叫声だ。

「クロ!」

 マーティが呼ぶ。

「――ああ!」

 そう、後は――俺の番だ。

 握る剣に込められた魔力は、今の俺に残るすべて。女神ティムレリアに増幅された魔素マナを、魔法石の指輪で最大限に増幅する。加えて宝剣ジオフェンサーがさらに威力を増してくれる。

 今までの旅で培った全ての技術。出会った人たちが授けてくれたすべてを――この、一撃に込める!


「はあああああああああああああッ!」

 全てを、解き放つ。

 地を蹴り、疾走。蒼炎にくすぶる魔神機を偏に睨み、俺は剣を振り上げた。

 すべては、この一発。この一撃で、すべてを終わらせる。

「喰らえぇぇぇぇぇぇッ!」

 それは、技とも呼べぬ技。魔術とも呼べぬ魔術。ただひたすらに込めた魔素マナを力へと変えるだけの、単純で、純粋で――そして、ただただ強力な、魔剣術。

 それをただ、まっすぐ!

「――『剛覇斬烈剣クリティカル・スラッシュ』ッッ!!」

 膨大な魔素マナが形成する魔力の刃。純粋な力の奔流が巨大な光刃と化し、魔神機の真っ正面に振り下ろされた。

 掲げられる二本の腕。額の上で交差し、俺の渾身の剣を受け止めた。

「おおぉぉぉ……っ!」

 固い……! これだけの魔力を込めているというのに。

 敵もまた必死ということか。だが――俺たちは、負けるわけにはいかない!

「だぁぁぁぁぁぁあッ!」

 さらに魔力を注ぎ込む。光の刃が膨れあがった。

 俺の剣を受け止めていた二本の腕。それが、粉々に砕け散った。

 勢いのままに振り切る。――だが。

「ちぃっ……!」

 腕に抑えられたせいか、魔素マナの剣の威力が弱まっていた。

 魔神機本体を切り裂くには至らない。

「……!」

 魔神機が――魔王が、嗤っているように見えた。

 耐え切ったぞとでも言われているような嘲笑。

 事実、もう一撃は不可能だ。――あと、一手だというのに……!


「――まだです、クロームさん!」

 ミリアルドの声が響く。

 視線を向ける。突き出された掌に集う光の粒子。それが、俺目掛けて放たれた。

「――ああ!」

 その意図を察し、俺は、その光の塊をジオフェンサーで切り払うように、受け取った。

 握る柄から力が伝わってくる。――これは、とてつもない量の神霊力だ。

 ならば……!

「もう、いっぱああああああああああああああああっつッ!」

 剣を掲げる。ミリアルドに送られた神霊力によって、もう一度巨大な光の剣を形成した。

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 不可能だったはずの追撃。

 嗤っていた魔神機の顔が引き攣る。

 耐え切ってなどいない。俺は、俺たちは――お前を倒すまで何度でも――最大の一撃をぶち込み続けてやるッ!

 ――剣が、魔神機の額を突き破る。

 そのまま一直線に、刃を振り降ろした。

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