第百七十七話 一気呵成
ぞくりと、悪寒が走る。――復活したのか。まさか……!?
「クローム!」
イルガが飛翔し、俺の元へ駆けつける。
「離せ!」
両腕に纏わせた炎の塊を、見上げる魔神機の顔面に叩き込む。着弾、炎上。
――しかし、怯んだ様子は一切ない。
「な……!」
「離れろ、イルガッ!」
魔神機の目が怪しく光る。刹那、黒い閃光が放たれた。
「づぁッ!」
「イルガ!」
魔神機の瞳から発射された、黒い光線がイルガの翼を撃ち抜いていた。
空中へといられなくなって、イルガは地面へと落下する。
「てめえ!」
大剣を振るい、ローガが魔神機の脚を切りつけた。
だが、まるで鋼鉄を斬ったかのように手応えがなかった。
この神霊術の空間に連れてこられる前のようだ。
「なんなんだよ、こいつ……!」
「諦めてはいけませんわ!」
竦むローガへサトリナが叱咤する。槍を振り回し、何度も何度も魔神機を攻めた。
だが、まるで効果はない。
傷つくことも、怯むこともない。
「クロ!」
マーティの矢も虚しく弾かれる。攻撃が通らない。
この空間で弱まったはずの闇の守りが、再び強くなっているのだ。
「ぐ、う……!」
俺の身体を握りしめる、魔神機の手の力が強くなる。
肺が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
このままでは、潰される……!
「天注ぐ光の雨よ! 『フォトンレイン』!」
ミリアルドが神霊術を発動する。
俺の頭上に光の球が現れ、そこから白い熱線光が雨のように魔神機へと降り注いだ。
ここまですべての攻撃を弾いていた魔神機だったが、さすがに大の苦手とする神霊術を無効化することは出来ず、光雨によって無数の穴を穿たれた。
腕の力が緩み、俺はなんとか手の中から抜け出して、地面へ落下した。
「かはっ……!」
身体をなんとか起こすと、胃の中から血の味が逆流してきた。
吐きそうになるのを無理矢理飲み込んだ。
内臓が傷ついているのかもしれない。
「大丈夫ですか、クロームさん!」
「ああ、なんとかな……」
近付いてきたミリアルドが治癒術をかけてくれる。
幾分か身体が楽になって、俺は立ち上がる。
みんなも集まって、俺の周囲を囲んでくれた。
魔神機は怒りや憎しみの混じった瞳を俺に向け、しかし動かずにいた。
こちらの様子を伺っているようにも見えた。
「どうだ、ミリアルド。……あれを、どう思う?」
物言わぬ巨人を見上げて、俺は尋ねた。
この魔神機から感じる覇気――これは紛れもなく、魔王ディオソールのものだ。
先ほどバランが乗っていた時も似た波動は感じていたが、今度はかなり色濃く感じ取れる。
「ええ、わかります。……自我が、蘇ったのでしょうね」
「やはり、か……」
魔王ディオソールは未だ復活し切っていなかった。
予言した完全復活まであと五年あった。魔王としての意思は未だ蘇ってはいなかった。
だが、恐らくバランが蓄えた魔力を用いることで、不完全とはいえその自我を取り戻したのだ。
いや、自我ではなく、本能とでも言おうか。
魔族の王として、人間を討ち滅ぼすための純粋な邪悪の意思だ。
「僕の神霊術も半ば無効化されています。そのせいで闇の守りも復活したみたいですね」
「またかよ。くそ、どれだけ固くなるんだよ、あいつはよ」
ローガがぼやく。雑多の魔物の闇の守りならば、力で無理矢理突破も出来るのだが、相手が相手だ。
人間に力を与え、魔を弱体化するこの神霊術の空間において、俺たちの攻撃を防ぐ闇の守りを強固にしている。
それほどまでのすさまじい魔力を持っているのだ。
「では、どうするのです?」
「……戦いを長引かせたら、それこそ本当にディオソールが完全に蘇ってしまうかもしれません。そうなってしまったらお終いです」
サトリナの問いにミリアルドは答える。
「だから、一気に決めるしかありません」
俺たちにはまだ、魔王ディオソールを相手取れるほどの実力はない。
もしもあの魔神機を依り代に完全復活を遂げられたら、もはや世界は終わってしまう。
だが、そんなことはさせない。させてたまるか。
覚悟を決めて、剣を強く握りしめた。




