第十七話 魔機(マキナ)
「ま、魔王が復活しつつあるって……どういうことですか?」
マーティが問う。
当然だろう。普通なら、魔王の復活と聞いて慌てない人間はいない。
「巷で再び魔物が現れているという噂を聞いたことはありますか? 僕はそれを、魔王復活の兆しと感じました。なので、それを食い止めるために魔王城へ向かっているんです」
「ミリアルド様っ!」
リハルトが再び焦る。
何から何まで話されたら、そうもなるだろう。
リハルトの顔面は青くなっていた。彼らからすれば俺たちはどこの馬の骨かもわからないから、当然か。
「どうしてあなたは……! これでは何のために教団から抜け出したのか……!」
「抜け出した?……お忍びの旅、ということですか」
焦りの余りか、口を滑らせたリハルトが自身の失言に気付く。しまった、とでも言いそうに歯噛みし、ごまかすようにソテーを貪った。
「ええ。教団には、魔王城へ行くことを話してはいません。いや……話せば、確実に止められたでしょうから」
「……魔物の再発生を止めるのは、教団の総意ではない、と?」
「議論中、と言ったところでしょうか」
議論?……確かに今はティムレリア教団は大きな組織だ。いくら神官とは言え、個人的に動くことは出来ないのだろう。
しかし、実際このミリアルドはここにいる。話を聞く限りは、教団に黙って、勝手に。
だからお忍びの旅、ということなのだろう。
「それって、おかしくない?」
マーティが問う。
恐らく俺と同じ疑問を感じているはずだ。
「教団って、普段は平和な世の中を目指すって言ってるじゃない。だったら、議論も何も魔物をなんとかするのが最優先なんじゃないの?」
ティムレリア教団の行動理念は、“世界平和”だ。胡散臭いが、それでも本当に平和を目指すのなら、と俺は特に気にしてはいなかった。
「ええ、そうです。しかし……教団では、魔物の再発生を放置するべきだという意見が出ているのですよ」
「放置ですって?」
魔物の脅威が魔王の復活に因るものならば、このままでは確実に被害は増大するだろう。
だからこそ、俺はそうならないよう、出来るだけ迅速にそれを止めるべく旅をしている。
放置などしたら、いずれまた魔物が世界に溢れる。それは教団の理念とは反しているはずだ。
「僕と同じ三神官の一人、バラン・シュナイゼル。彼はこう言うのです。『魔物という恐怖があれば、民たちは我らに救いを求める』、とね」
ミリアルドは眉間にしわをよせ、苦々しく話す。
「恐怖を払拭するには、救いが必要です。魔物という脅威に晒された人々は、その救いを求めてティムレリア教団に入信する。そうすれば教団は更に発展する……そういう考えだそうです」
「神に仕えるはずの男が、そんな現金な考えをしているのか。……教団も腐ったものだな」
いや……もしくは、初めから腐っていたのかもしれない。
俺はティムレリア教団に詳しいわけじゃない。きっと、うまく隠していただけなのだろう。
「耳が痛いですね。でも、僕はそれには反対です。魔物は平和の敵です。だからこうして、一人で動いているのです」
神官なんて人間に対し、護衛がこんなに少ないというのもそういう理由からだろう。一人で勝手に動いているのに、ぞろぞろと神聖騎士が動いていたらすぐ見つかってしまう。
話をしている間に、食事はすべて平らげられていた。
食後に出されたハーブティーを飲みながら、俺はもう一つの疑問を口にした。
「しかし、どうやって魔王城に行くつもりなんですか。あそこは、並大抵の手段じゃ近付くことも出来ないはずですが」
魔王城跡は、このソルガリア大陸の南西の島にある。
上陸だけなら難しくはないが、問題なのは入城だ。
「城の周囲の毒沼ですか。もちろん、対策は考えていますよ」
「有翼種族に協力を頼んでも無駄ですよ。毒沼の上空には毒ガスが発生してますから。身体が強靭な彼らと言えども、毒だけはどうしようもありませんから」
触れればたちまち身体が溶けるほどの毒沼が城を囲み、吸えば内部がずたずたになる毒ガスが充満する。
普通の手段では、城には入れない。
「以前勇者は、虹の橋と呼ばれる女神の加護で、あれを突破したそうですが……今のあなたたちは、どんな手段で行くつもりですか?」
以前の勇者……つまりは俺だが、俺だって魔王城に行くのは相当苦労した。
ガスから身を守るための宝具、そして虹の橋……俺に勇者の証を授けたティムレリアに協力を頼まなければ、魔王城にはたどり着けなかった。
神々の力を用いなければ不可能だったところへ、どうやって行くつもりなのか。
「方法はあります」
しかし、ミリアルドは自信たっぷりに答えた。
「そのためにこの山に来たのですから」
「この山……?」
確かに、ベルガーナ山は麓に教会もあり、教団本部ともそれなりに近い。だが、だからと言ってそこまで特筆すべき場所ではないはずだ。
「この山に何かが?」
「ええ、実は――」
「ミリアルド様」
嬉々として話そうとしたミリアルドを、リハルトが遮った。
……と、言うことはこれもやはり、下手に口外してはマズいことなのだろう。
「今までは見過ごしてきましたが、さすがにあれに関しては、民衆に教えるのは早すぎます。……お前たちも、何でもかんでも聞くんじゃあない。機密事項だ」
護衛というだけではなく、お目付け役も兼ねているのだろう。
黙って聞いている身でなんだが、たしかにミリアルドは何でもかんでも話しすぎだ。
「ですけどリハルト、あれを公開する日は確か、早ければあと二ヶ月ほどでしたよね?」
「え、ええ、まあ……」
「そのぐらいなら構わないじゃないですか」
むげもなくそう言って、無邪気ににっこりと笑う。
リハルトもつい押し黙ってしまっていた。
「お二方も、このことに関しては言いふらさないで欲しいのですが……」
かわいらしくくちびるに指を当て、ミリアルドは言う。
「実は、この山には、教団が作り上げた“空を行く船”が隠されているんです」
「空を行く、船……?」
なんだ、それは。
船は当然、海を渡るものだ。船が空を飛ぶなど有り得ない。
だが、嘘や冗談を言っているようにも思えなかった。
「なんなんですか、それは」
「飛空艇、と僕たちは呼んでいます」
「飛空艇……!」
マーティが突然声を上げた。
……知っているのか? いや、まさか……。
「魔機という、人間の技術と叡智の結晶です。それを使えば、毒ガスだって恐くはありません」
「魔機……」
どうやらこの15年の間に、人間の知恵は俺の想像を遥かに超えて進化していたようだ。
空を飛ぶなど、鳥か、有翼種族でないとありえないと思っていた。
技術によってそれを可能にする……人間の可能性が、そこまで高いものだとは。
……まあ、俺がロシュアという田舎に住んでいて、知らなかっただけというのもあるとは思うが。
「そういうわけで、僕らはこうしてこの山を訪れたのですよ」
「…………」
マーティは渋い顔を崩さない。飛空艇という言葉を聞いてからずっとだ。
「さて、食事も終わりましたし、そろそろ解散としましょうか」
ミリアルドが言う。
食後のお茶も飲み終わり、話すこともなくなった。
教団の連中がこの教会に来た理由もわかった。
それが魔王のことだとは、夢にも思わなかったが……。
とにかく俺たちは解散し、それぞれの寝室へと移動したのだった。




