第百七十四話 反撃の狼煙
「この力は……!」
「ええ。魔王が苦手とした純粋な神霊力の波動です。そして逆に、人間らにとっては生きる力となる。苦しいだけの夢なんて、消し去ってしまうほどの!」
周囲を見る。
みんなが立ち上がっていた。ローガも、サトリナも、イルガも、マーティも。
「な、何してたんだ、俺……?」
頭を抑えてローガが言う。
「なんだか、嫌な夢を見ていたような気がするのですが……今は、妙に清々しいですわね」
サトリナも今の状況がすぐには飲み込めていないようだ。
だが、イルガは少々苛立ったような表情でバランを見つめ、大きく舌打ちしてみせた。
「なるほど、大体わかった」
「何がわかったの? イルガちゃん」
「ちゃんはいらない。……何、単純なことだ」
尋ねるマーティに、不敵な笑みと共に返してイルガは両腕に炎を纏わせる。
「形勢逆転、ということだろう?――クローム!」
「――ああ!」
そうだ。
俺たちは奴の悪夢の呪縛から解放された。
そして、バランは明らかに動揺していた。ミリアルドの神霊力を恐れ、慄いていた。
しかし、それでも奴も戦意を失ってはいない。怒りの表情で戸惑いを隠し、大きく吼える。
「馬鹿めが……! まだ我が輩の力が失われたわけではないわ!」
闇の波動が沸き立つ。ミリアルドの女神の力が塗り潰されていくようだ。
「そのような光、我が闇の力にて消し去ってくれる!」
全身が重くなる。魔王の力に押し潰されそうだ……!
光と闇の激しいバトル。――しかし、光を放つミリアルドにはまだ、余裕があった。
「あなたの思い通りには――させません!」
掲げていた掌を、今度は地面へと押しつける。途端、足下の陣が、俺たちとバラン双方に届くまで広がった。
「聖なる加護を我らに! 『フォースフィールド』!」
魔方陣から光の柱が立ち上る。視界が一瞬眩く真っ白に染まり、晴れた時には、俺たちは森ではない不可思議な空間に移動していた。
「ここは……?」
「僕の神霊術で作った空間です。世界とは隔絶されているので、いくら暴れても被害はありません」
答える。
空間を作ったとあっさり言い放ったことに驚く。
これが、封印を解かれたミリアルドの力ということか……。
「ぐ……!」
悔しそうなバランのうめき声が漏れ聞こえる。
それを見て、ミリアルドは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「バランに攻撃が通用しなかった理由は二つです。一つは魔王の力を使った強力な闇の守りです。普通の魔物も纏っているものですが、魔王ほどの魔力を用いれば、単純に強力になります」
「闇の守り……」
普通の剣や槍が魔物に通用し辛いのもそのせいだ。
魔物の王たる魔王ならば、闇の守りも扱えて当然か。
なんてことはない。防御を固めたければ厚い鎧を着ればいい。ごく単純な原理だ。
「そしてもう一つは、神聖樹の周囲に、僕らの力を弱める魔術を置いていたんです。気付かない内に僕たちは弱体化させられていたんです」
「自己強化と、敵の弱体化……二重の防御があったからこそのあの固さか」
俺の全力を受け止めるほどの守りは、それらがあったから果たされていた。
ならば、この空間ならば……!
「しかし、このフォースフィールド内では魔物の力は抑制され、逆に僕ら人間の力は増幅します。さっきとは真逆です」
やはり、か。
ならば、後は――。
「みんな!」
呼びかけ、俺は強く息を吸った。
「これが最後だ。――行くぞッ!」
「おう!」「ええ!」「ああ!」「うん!」「はい!」
みんなの返事を聞いて、強く剣を握る。
反撃――開始だ!




