第百六十九話 左腕の真実
「おおっ!」
俺は飛び出し、剣を上段に構えて飛びかかった。
出し惜しみはしない!
「煇け!、焔煌!『業焔滅斬』!」
上級魔剣術を放つ。逆巻く火焔地獄がバランの身体を燼滅せんと荒れ狂う。
バランは炎の塊となって燃え盛る。巨大な火柱がそびえ立つ。いくら強力な魔機に乗っていようが、それごと燃やし尽くしてしまえばそれまでだ。
死なないまでも、大量の炎に炙られた鉄塊の中にいれば、蒸し焼きは免れないだろう。
しかし――。
「ぬるいっ!」
バランは、一言と共にその炎を弾き飛ばした。
「な……!」
俺の魔力を最大限に注いだ一撃は、その身体にほんの一片の焦げすら残せていなかった。
ダメージは、ない。
「馬鹿な……」
「怯むな、クロ!」
竦む俺の脇をローガが走り抜けていく。
「魔術が効かないのなら、直に斬るのみですわ!」
サトリナも続いた。
ローガが大剣を振り上げた。追い抜き、一足先を行くサトリナが槍を一閃。バランの胸元へ斬りつける。
さらに連撃。二回、三回と突く。
そこへローガが追撃。巨大な大剣を思うままに叩きつけた。――だが。
「足りんなぁ!」
ダメージどころか、たった一歩後ずさることもなく、バランはすべてを受け止めた。
「今度はこちらの番だ!」
バランが両腕を振り上げる。攻撃の後でバランの目の前にいるローガとサトリナは、危険を察知して後退したが――遅かった。
巨躯から伸びる巨腕の長さは二人の予想を遙かに超えて長く、後退してもなお有り余る強靱な一撃を、二人に浴びせてしまっていた。
「ぐはっ……!」
「あぁっ!」
巨大な拳を一身に受けて、二人は紙くずのように舞い上がった。森の幹や枝に当たって落下し、地面に叩きつけられる。
「ローガ! サトリナ!」
「僕が行きます!」
治療のためにミリアルドが走った。しかし、バランの凶眼がそれを睨みつけた。
「ちっ……!」
狙われたミリアルドを守らんと、代わりのようにイルガが飛び出した。
黒髪を紅蓮へと変え、両腕に炎の爪を纏わせてバランの前へ躍り出る。
「はぁっ!」
斬りかかる。直撃。だが、やはり効き目はない。どころか、お返しのように大きな掌でイルガの身体を鷲掴みにしてしまった。
「ハハハッ! 竜の血族もこんなものか!」
「ぐ……ぐぉぉおおッ……!」
うめき声を上げる。強烈に締め上げられているのだ。あのままでは握りつぶされる。
「イルガちゃん!」
マーティが矢を番えてバランを狙う。風を纏い貫通力を高めた魔術矢が唸る。
しかし――。
「ふんっ」
手を広げ、突き出された腕。そこから発生した暴風の渦が、矢をあらぬ方向へと弾いてしまった。
余波の乱気流が俺たちにも襲いかかる。風の魔術だ。それも、かなり高度の。ディオソールも超威力の魔術を多用していた。その力の一部だろう。
あれではいくらマーティの魔術矢と言えど通らない。
「その程度か、貴様ら!? それでは我が輩を止めることなど出来ん!」
高らかに言う。
「ぐっ……!」
悔しいが、その通りだ。
俺たちの攻撃、そのことごとくが通用しなかった。
勝てるはずだと思っていたのに――今は、絶望しか感じない。
「どうする……!」
考えろ。もはや退くことは出来ない。何か手はないのか。今までだって、窮地を様々な方法で乗り越えてきたのだ。
だが――ない。あるわけがない。空を飛んでいるとか、雲の中にいるとか、そういう厄介な魔物を相手にしているならば、考え次第では逆転の目はあった。
しかし――この魔神機を駆るバランは、そういう相手ではない。
単純に、純粋に、ひたすらに――凶暴で、凶悪で、強靱なのだ。
勝利のための策が、考えても考えても浮かんでこない。
「さすがグワンバンだ。我が輩の予想を遙かに超えた魔機を作りおった」
余裕の表れか、バランは口を開く。
「拾った人間を使ってまで実験を繰り返した甲斐があったわ。ファハハハハハ……!」
――拾った、人間だと……?
俺の横で、同じように知恵を絞っているのだろう、苦い顔をしているマーティを見る。
その左腕で鈍く輝く、魔機の腕を見て――気付いた。
「まさか……!」
バランを睨む。
そして、それを見透かしていたかのように答える。
「魔力を血液のように循環させ、人を超えた膂力を発揮する魔機――その試作品を、その女に取り付けさせた。わざわざ生身の腕を、切り落としてな……!」
切り落として。
瞬間、頭の中の血管が数本、ぶち切れた。




