第十六話 “知っている”少年
「あぁ~ベッドだ~……!」
荷物を置くことすらせずに、マーティはベッドに身を沈める。
俺も飛び込みたい気持ちは山々だが、荷物はきちんと下ろし、鎧も脱いでからベッドに腰掛けた。
ここは教会から旅人に貸し与えられる、休憩室の一室だ。
三つのベッドと、それぞれ対応する小さな机と椅子があるだけの簡素な寝室だが、今までの野宿と比較すれば充分すばらしい部屋だ。
神官ミリアルドの計らいにより、俺たちは予定通りこの教会に泊まることを許された。
それだけではなく、ちょうどこれから彼らも食事だったというので、その集まりに招待までされた。
ティムレリア教団の神官が、だ。
「マーティ、どう思う? あのミリアルドとかいう子供」
「ああ、かわいかったね~。あんな子が近くにいたら、私どうにかなっちゃいそう」
……そういうことを聞いているんじゃないだがな。というかやはりマーティ、お前。
……セロンが無事でよかった。
って、そうじゃない。
「ティムレリア教団の三神官ぐらい、お前も聞いたことがあるだろう。そのうちの一人が、あんな子供だなんて……」
「まあね。でも、そんなものなんじゃない? 傍から見てもあの子、只者じゃなかったし」
それは、マーティの言うとおりだ。
子供が神官を務めているということ、それ自体は驚きだが、あのミリアルド少年にはそうであってもおかしくない、という威厳があった。
正直、怖いほどに。
「三神官と言えば、教団を管理する事実上のトップ。神聖騎士が仕える、教団の顔だぞ」
「ま、びっくりだよね。でも……なんでこんなところにいるんだろう」
「ああ。本当に神官だというのなら、この護衛の数は少なすぎる。この教会の休憩室が埋まるほどの人数がいてもおかしくはない」
しかし、見る限り護衛は先程の騎士団長リハルトと、扉を護っていた騎士二人のみ。
通常ならば考えられない数だ。あんな人数では、それこそ夜盗に襲われて、神官が守りきれるのかわかったものではない。
「気になるならご飯の時に聞けばいいよ。お腹空いちゃったし、早く行こうよ」
「……ああ」
空腹なのは俺も同じだ。それに、何故かも直接聞けばいいというのも合っている。
考えても仕方のないことだし、言うとおり食事に行こう。
教会の中、中部屋に行くと、ミリアルドとリハルト、兜を脱いだ騎士二人はすでに席についていた。
「お好きな席へどうぞ、お二人さん」
ミリアルドの言うままに、俺たちは長机の端の方に、向かい合うように座った。
するとちょうど、教会で働く人たちが食事を持ってきてくれた。
「あなたたちのお名前を教えてくれませんか?」
その間に、ミリアルドが言う。そう言えば、先程は俺たちは名乗らなかった。
向こうは名乗っていたというのに、これでは失礼だな。
「クローム・ヴェンディゴです。ロシュアから来ました」
「同じく。マティルノ・バートンですー」
「ありがとうございます。クロームさんに、マティルノさんですね」
皿が並び終わると、俺たちは祈りを捧げてそれぞれ食べ始めた。
教会の食事というので健康的なものを想像していたが、メインの料理は獣肉のソテーと以外にもしっかりとしている。
俺はティムレリア教には入信していないから、戒律やら規律やらは詳しくなかった。
ただ、腹が減っているのは確かだからこれは嬉しい誤算だ。
「それで、ミリアルド様……でしたか」
「はい。なんでしょう」
10近く年下のミリアルドは、丁寧にナイフとフォークを使いこなす。弟のセロンは、昔はナイフが苦手で、よく代わりに切り分けてやったことを思い出した。
「なぜあなたはこの教会に?」
「魔王の撃滅ですよ」
俺の問いに、さらりと言い放つ。
――空気が、凍った。
「ミ、ミリアルド様……?」
リハルトが落としたフォークが、皿に当たって乾いた音を立てる。
俺やマーティは困惑で、騎士たちは恐らく驚愕で、食事の手を止める中、ミリアルドだけが悠然と、付け合せの野菜を咀嚼する。
「魔王、ですか……?」
「ええ。正確には、復活しつつある魔王、ですが」
「……!」
魔王が蘇りつつある――その予想は俺も立てていた。
しかしそれは、魔王が復活することを知っているからだ。あと5年で蘇る、それを魔王自身に聞いたからこそ、その復活の影響で魔物が出現している、と。
他の人間は皆、魔王は完全に死んだと思っているはずだ。
なのに、この少年は……。
「ミリアルド様!」
リハルトが声を荒げる。冷や汗を流し、焦ったように視線を泳がせていた。
「このような何とも知らぬ者たちに、我らの目的をお話になるなど……!」
「いいじゃないですか。彼女らもこの世界に生きる人間。この危機の当事者なのですから」
「しかし……!」
ミリアルドはにこにこと笑顔を絶やさない。
この少年……読めないぞ。




