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第百六十三話 紅髪の騎士

 同時、暗雲も霧散し始めた。雨風が止み、陽光が徐々にロシュアを照らしていく。

 俺は、落ちていた。……このままでは、地面に追突して死んでしまうな。

 そんな時だというのに、俺はこの青空を楽しんでいた。

 なんて綺麗な空だろう。太陽も――温かく、美しい。

 雨に濡れた髪や服が乾いていくのがわかる。


「――クロっ!」

 その呼び声に、俺は顔を向けた。

 マーティの声。イルガが俺の方に向かって飛翔していた。

 手を伸ばす。信じていた。きっと来てくれると。

 掴む。その手を握りこんだ。ぎゅっと。

 強く引き寄せられて、なんとかイルガの背に乗ることが出来た。

「もう、無茶ばかりして!」

「そのおかげでテンペストは倒せたんだ、いいだろ?」

「助けに入る身にもなってほしいがな」

 マーティにもイルガにも叱られて、俺は苦笑した。

 着地する。背から降りると、イルガはその身を人のものへと戻した。

「クロームさん!」

 ミリアルドの声がして、俺は振り向いた。

「テンペストを倒したんですね」

「ああ、なんとかな」

 町の様子を見回した。……魔物の気配はない。

 俺たちのために戦ってくれていた町のみんなもそれぞれ武器を降ろしていた。

 町に被害はほとんど出ていない。多少、地面が抉れたり花壇が踏みつけられたりはしているが、それだけだ。


「バランは……森の奥か」

「たぶん、そうでしょうね」

 これで終わりならどれだけ楽か。

 ロシュアを守ったのはただの前哨戦に過ぎない。

 これからが本番だ。

「おーい」

 遠くから声がして、そちらを見るとローガとサトリナが歩いてきていた。

 二人とも怪我もなく、無事に済んだようだ。

「みんな、ありがとう。おかげでロシュアを守れた」

 勝手だが、ロシュアを代表して礼を言う。

 みんなの協力がなければ、町は魔物に支配されていただろう。

 本当にありがたかった。

「あたしからも、ありがとうね」

 マーティも礼を言うと、他のみんなは当然だ、とばかりに微笑んだ。

「これから世界を救いに行くんだ、町の一つぐれえは守らねえとな?」

「ええ。魔物の相手は久々でしたが、肩慣らしにはちょうどいい運動でしたわね」

「己れはお前のためなら何でもする。この程度、造作もない」

 それぞれが言う。そして、ミリアルドは。

「バラン・シュナイゼルは目の前です。――みなさん、気を引き締めていきましょう」

 油断せず、意気込んでいる。

 さあ……最終決戦と行こうか。



「クローム」

 森の入り口へと向かうべく、ロシュアの南の出口へ辿り着いた俺たちを出迎えたのは、 父さんと母さんだった。脇にはセロンも立ち、母さんはトリニアをその手に抱いていた。

「……まだ、戦いは終わらないのか?」

 不安そうな顔で、父さんは言う。

 その表情を見るのは辛かった。俺のことを心の底から心配してくれているとわかってしまうからだ。

「もう少しだよ。……だから、行かせて」

「止めはしないわ。でも、これだけは約束して。絶対……死なないで」

「わかってる。……死なないよ、絶対」

 頼まれたって死んでたまるものか。俺は、この世界を平和にするために戦っているんだ。平和な世界で、家族や友人たちと過ごすために、力を尽くしているんだ。

 死んで英雄にはならない。俺は、生き残る。今度こそ。――絶対に。

「姉ちゃん……」

 セロンが俺を見上げている。それ以上、何も言わなかった。

 だが、それだけでわかった。きっとセロンも、心配してくれているのだ。

 だからこそ、俺は笑顔でその頭を撫でた。

「帰ってきたら、剣の腕前を見てやる。どれだけ強くなったか、見せてくれ」

「!……うん!」

 最後に、トリニアの小さな頬を撫でてやって、俺はみんなの方へ向き直った。

「行こう、みんな」

「いいんですか?」

 ミリアルドが言う。俺はすぐに頷いた。

「またすぐに会えるからな」

 バランを倒したら、戦いは終わる。旅も終わる。ならば、あとは家に帰るだけだ。

 だから、何も心配することはない。


「……行ってきます」

 最後に家族にそう告げて、俺たちはロシュアを出た。南の森へは歩いてすぐだ。

 子供の頃から、何度となく通ってきたこの道。今まではマーティといっしょに進んだ道を、今は五人の仲間とともに歩む。

「ここで……あたしたち、魔物と初めて戦ったんだよね」

「ヴァサーゴだったな。旅立ちの前日のことだ」

 その日に旅立つことは前から決めていたことだ。だがその前に、森に現れたという魔物を放置していく訳にいかず、マーティと狩りに来たのだ。

 まださほど長い時間が経ったわけでもないのに、なぜだか無性に懐かしい気分だ。

 それほどまでに、この旅が濃厚だったと言うことだ。

 しかし、それも今日までだ。もう、終わらせなければならない。

「ローガ、匂いはあるか?」

「……ああ。奥の方に一つと……ごく近くにも、一つ」

「魔物でしょうか?」

 尋ねるサトリナに、ローガは首を振って否定で返した。

「人の脂が混じった鉄の匂い……たぶん、鎧だ。騎士かもしれねえ」

 今更バランに従うような騎士などいるのか。そう思ったが、一人だけいる。

 決着はついたと思ったが、しぶとく生き残っていた。まだ立ちはだかるようだ。


「……来るよ」

 マーティが言った。耳で何かを捉えたようだ。

 間もなく、俺の耳にもそれは聞こえてきた。落ちた枝葉を踏むパリっとした音。そして、カチャカチャとぶつかり合う鎧の音だ。

 そして、現れる。紅い髪の騎士――リハルト・レキシオンが。

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