第百六十話 家族との再会
「くっ……!」
雨足が強くなってきた。水を吸った服がわずらわしく、重い。
視界も塞がってくる。もはやほとんど影しか見えない魔物を次々と切り伏せて、俺はようやく家の近所までやってきた。
そこに――みんなはいた。
「あれは……!」
玄関の前で、剣を握って狼と対峙しているのは紛れもない、弟のセロンだ。
狼が跳ねる。セロンに体当たりして、弟は地面に倒れて泥まみれになった。それ目がけ、狼が牙を剥いた――瞬間。
「――やめろぉッ!」
身体がカッと熱くなった。
右手に握る剣に魔力を送る。
やらせるものか。
即座に放った風牙が狼の身体をずたずたに引き裂いて吹っ飛ばした。
「セロン!」
呆然とした顔をこちらに向ける。その目が思い切り見開かれた。
「姉ちゃん……!?」
「大丈夫か、怪我は!?」
「う、うん。平気……」
「よかった。っ……!」
安心する暇はない。またも魔物が出現した。今度は一気に三体。猪、蛇、馬に似ていた。
「姉ちゃん、どうしてここに? いつ帰ってきたの?」
「たった今だ」
油断は出来ない。一体一体の魔物は弱いが、数が多すぎる。
「ほかのみんなは?」
「い、家の中。俺が……みんなを守らなきゃって……」
「そうか……」
セロンが握る剣の柄には覚えがある。
トラグニス先生が俺に剣を教えてくれる時に使っていたものだ。
そうか、セロン。お前はあの時の約束を守るために、先生に剣を習っていたんだな。
「ここは任せろ。私が、この家を守る!」
さらに魔力を送る。
猪が地を蹴る。蛇が這い寄る。馬が跳ね飛ぶ。
雑魚が何匹集まろうと――無駄だ!
「『紅蓮烈衝』ッ!!」
すべてを焼き払う灼熱の剣。三匹の魔物を一瞬で灰燼と化す。
周囲の雨をも蒸発させ、瞬間的に空気が乾燥した。
降りしきる雨が再び空気を湿らせていく。
……魔物は現れない。とりあえず、一安心というところか。
「すげえ……」
俺の放った魔剣術の威力を見て、セロンが感嘆の息を漏らしていた。
確かに、旅立つ前の俺はごく初歩的な魔剣術しか使えなかった。
それと比べれば、今の中級魔剣術でも相当な威力に見えるだろう。
「姉ちゃん、強くなったんだな」
「ああ。だが、まだまだこんなものじゃないぞ?」
憧れの視線で見上げてくる弟の頭を撫でた。
違和感。正体はすぐに気付いた。背が伸びている。
それに、よく見ると体つきも少々たくましくなったようだ。
理解すると、なんだか目頭が熱くなった。
「……がんばったな、セロン」
「え?」
「よくみんなを守ってくれた。もう、お前も一人前の男だな」
言うと、しかしセロンは泣きそうな顔になってふるふると首を振った。
「……そんなことないよ、俺……何も出来なかった。姉ちゃんが来てくれなければ、今頃……」
と、扉が開いた。
「……クローム?」
「父さん」
心配で様子を見に来たのだろう。父さんが家から出てきた。
後ろにはトリニアを抱いた母さんもいた。
二人とも……元気そうだ。
「帰ってきたのね」
母さんが言って、笑った。
「うん。……でも、すぐに行くよ」
そう、俺はまだ家に戻るわけにはいかない。
まだまだロシュア中に魔物がいるはずだ。みんなを助けに行かなければ。
「ごめん。……いろいろ、心配かけちゃって」
「確かに、いきなりティムレリア教団の人たちに、“帰ってきたらすぐに通報しろ”だなんて言われた時は驚いたよ」
父さんが言った。
バランの策略で指名手配された時、やはりロシュアにも手配書は回ってきたようだ。
きっと、どうしてこんなことになったのかと不安になったはずだ。
「でも、私たちはあなたが悪いことをしたなんてまったく思ってなかったわ。この間、“あれは間違いだった”って手配書を回収しにやってきた時は、やっぱりってみんなで笑い合ったもの」
「母さん……」
信じてくれていたのだ。俺の無実を。
家族の温かみを、俺はまた噛み締めていた。胸の奥が熱くなって、泣きたい気持ちと笑いたい気持ちが同時に沸き立つ不思議な――でも、心地いい感覚がする。
「ありがとう、みんな」
「こっちこそ。よく無事でいてくれた」
「うん……」
よかった、本当に。
これで俺はまだ――戦える。
こんなすばらしい家族を守るためならば、俺はいくらでも戦える。
世界をバランの好きにさせてたまるか。
家族を――危ない目に遭わせるわけにはいかない。




