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第百五十八話 大神官の力

「何を……」

「きっと……あれが、千里眼なんです」

「あれが、か……」

 普段は垂れ幕の向こうで行われていた行為なのだろう。

 ミリアルドも確証を持ててはいなかったが、恐らくは正しい。あれが、大神官が持つ千里眼の能力、、その発動だ。

 目に光を宿らせた大神官が、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 瞳が一際白金に輝く。そして――収まっていく。

「見えたぞ。……奴はここに――ソルガリア大陸にいる」

「な……!」

 バカな。俺は大神官の言葉を疑った。

 教団の神聖騎士やセントジオの国防軍、王都ソルガリアの軍隊も導入し、方々手を尽くしてバランを捜しているのだ。特にこのソルガリア大陸中は隈無くと言っていい。

 どこに隠れられる場所があると言うのだ。

「いや……隠れてなどいない。奴は――侵攻している。大陸南部の小さな町に向かっているようだ」

「大陸南部の小さな町……まさか!」

 まさか、そんなバカな。

 奴は――バランは、俺たちの故郷に――ロシュアに、向かっているというのか。

「クロ! それって……!」

 マーティが叫んだ。

「ああ、みんなが危ない……!」

 あそこには家族がいる。俺やマーティを子供の頃から支えてくれたみんながいる。

 父さん、母さん……セロン、トリニア……。

 みんなが……みんなで育ったあの町が、バランに狙われるとは……!

 だが、何故だ。何故バランはロシュアを狙う!?


「なあ、そのロシュアって町には何か特別なもんがあるのか?」

 同じ疑問を持ったのだろう、ローガが尋ねた。

 だが、わからない。

「何もない……はずだ。あそこは染織が有名なだけの、ただの田舎町なんだ」

「では、なぜなのでしょう。まさか、ただクロームさんに嫌がらせをしたいだけ、とか……」

「バランが俺の生まれを知っているとは思えない。何か理由があるはずだ」

 サトリナの言うように、バランのあの性格を考えるならば、俺を絶望させようと生まれ故郷を狙うということはあり得るだろう。しかし、それ以前に奴は俺の生まれのことなんて知らないはずだ。

 だから、きっと他に何か理由があるはずなんだ。

「狙いは、ロシュアではないのかもしれんな」

 イルガが言った。しかし、マーティがそれに反論する。

「でも、実際にバランはロシュアに向かってるんだよ?」

「わかっている。しかし、あくまでもその方向に向かっているだけだろう。ならば……」

 そうか、とミリアルドが閃いた。

 同時、俺も“それ”を思いついた。あれを狙うというのなら、合点がいく。

「神聖樹イルミンスールですね!」

「ああ。奴が魔王の力を使うというのなら、それを阻害する神聖樹は邪魔なはずだからな」

 ロシュアの南に茂る森。その奥には世界に三本しかない神聖樹のうちの一つ、イルミンスールがある。

 その周囲に沸き立つ泉は、それだけで魔物にダメージを与えられるほどの神聖力を秘めている。

 それを破壊しようとしていると考えれば、バランがロシュアに向かっているのもわかる。


「三本の神聖樹のおかげで、この世界に邪が蔓延るのを抑えられているのです。そのうちの一本でも破壊されれば、魔物の出現頻度は一気に増してしまいます……!」

 苦々しくミリアルドが言った。

「急ぎましょう! バランが何をしでかすかわかりません!」

 奴の目的はわかった。

 ならば、急がないと手遅れになる。あの神聖樹が世界の均衡を保っているというのなら、守らなければならない。

 だが、それだけじゃない。あの樹は、俺やマーティが小さな頃から見守ってくれていた。

 そんな思い出の象徴を、破壊されるわけにはいかない!


「大神官様、ありがとうございました! 失礼します!」

 騒がしく礼をして、俺たちはその脇を通って大神官の部屋を出ようとした。

 しかし、

「待て」

 それを、大神官が止めた。

「今から急いだところで間に合わん。ここからでは飛空艇に乗ったところで数時間はかかるぞ」

「ならどうしろという! バランを放置するわけにはいかない!」

 怒鳴ると、大神官はその顔に再び見目に似合わぬ笑みを浮かべた。

 何を考えているのか、本当に読めない。

「送ってやると言っている」

「送る……?」

 どういう意味かと聞き返すと、大神官は小さな指で俺の身体を小突いた。

 その大きさからは到底想像できない力で、俺は大きく数歩退いた。

「何を――」

 途端、俺の足下から巨大な光の方陣が浮かび上がった。

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