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第十五話 神々しき少年

 気を取り直し、俺たちもノーテリアから出た。

 北のベルガーナ山、その麓のティムレリア教会には、順調に進むことが出来た。

 ここまでは、だが。

 

「おおう……」

 それを見上げ、マーティが絶望的なうめき声をあげた。

 麓の教会とは言うが、実際は低い山中に教会は建てられている。教団の定める何某かで建てる位置が決まっているらしいが……。

 その結果、教会に至るまでに設置されたのが、今俺たちの目の前にある、この階段だった。

 

「ここまで来て、これ、登らなきゃいけないの……?」

「ああ。最後の辛抱だ、行くぞ」

「うへえあ~……」

 なんと段数は800段。傾斜が緩やかで、一段の高さも低いから多少は楽だが、つづらに折られていてひどく面倒だ。

 マーティが素っ頓狂な声を上げるのも納得だ。

 15年前にも一度来たことがあるが、その時もすごく辛かったものだ。

 

「休みたいよ~」

 ほぼ一日歩きづめで疲労し、灯りはあるが夜の山道。俺もマーティも、えっちらおっちら階段を登った。

 ようやく登り切った時には、脚が棒のように固まっていた。この数日の旅の疲れが、一気に襲ってきたかのようだ。

 マーティじゃないが、俺も早く休みたい。ベッドで寝るのも、旅の前日ぶりになる。

 

「……ん?」

「なにあれ?」

 教会の扉の前に、全身を白い鎧に包んだ騎士が二人ほど立っている。

 騎士自体は珍しいものではない。教団に所属する神聖騎士だ。

 しかし、それが教会の前にいるというのは不可解だ。まるで、侵入者がいないか見張っているように思える。

 

「あの~……」

 とにかく、と教会に近付いた。

 神聖騎士二人の、兜に覆われた視線が同時に俺たちに向いた。どう見ても威圧されている。

「教会で休ませてほしいんですけど~」

「駄目だ」

 即答だった。問うたマーティが、一瞬固まった。


「なぜですか?」

「教えられない」

 俺の問いにも騎士は素っ気ない返事だ。

 教会は旅人たちのために、教団が厚意で開放しているのだ。それをわざわざ封鎖しているということは……。

 

「誰か、重要な人でも来てるようですね」

 向かって左の騎士の腕がぴくりと動き、小さく鎧が鳴る。どうやら図星のようだ。

「私たちはロシュアから来た旅人です。例え中に誰がいようと、危害を加えるようなことはしません。どうか、中に入れてくれませんか」

 身分を明かし、下手に出る。強気に答えて警戒されては意味がない。

 今はとにかく、休みたいだけだ。

 

「お願いします~!」

「駄目だ。引き返してもらう」

「そこをなんとか!」

「許可できない」

 マーティと騎士の押し問答だ。というより、今から引き返す気にはなれない。

 疲労以上に、今から夜道を歩きたくはない。

 必死に頼み込むマーティが、何度目か、頭を下げていると、教会の扉が開き、中から同じく鎧に身を包んだ男が現れた。


「何事だ。夜分に騒々しい」

「だ、団長……!」

 左胸に握った拳を当て、神聖騎士たちは彼らの敬礼を取る。

 現れた真っ赤な髪の男は、俺たちを見ると早々、強く睨みを効かせた。

 他の二人の騎士にはない、白いマントを羽織っている。幹部級の人間、ということか。


「旅人か? 残念ながら、今この教会に立ち寄ることはできない。立ち去ってもらおう」

「なぜですか?」

 俺の質問に答える前に、赤髪の騎士は、部下の騎士に耳打ちをされた。

 その後、口を開く。


「私はティムレリア教団神聖騎士隊・第三騎士団団長のリハルト・レキシオンだ。お前たちの言うとおり、今ここにはとある要人がお休みになられているのだ。万が一にも危害が加えられては困るのでな、申し訳ないが、ここはお引き取り願いたい」

「こんな夜道に、女二人で帰れ、と? 外にはどんな夜盗が潜んでいるかわかりませんが」

「我らが神聖騎士を一人、護衛につけよう。責任を持って街まで送り届ける。なんなら宿代も提供しよう。どうだ?」

 悪くない答えだ。仮になにかあっても教団が責任を被り、この場所よりも快適な宿場に、無料で泊めてもらえる。

 断る理由がない。……厄介なことに。

 

「ずっと歩きっぱなしで疲れてるんです~。今更街までなんてとても歩けませんよ~」

 駄々のようなマーティの発言だが、俺たちの交渉の材料はもはやその程度だ。

 だが正直、これ以上強情を張ると逆に怪しまれかねない。

 俺としても本当は御免被りたいが、ここは身を引いてノーテリアに戻るしかないか……。

 

「……わかりました。では――」

 護衛を頼み、街に戻ると告げようとしたその時。

 教会の扉が、再び開いた。


「構いませんよ、旅人さん」

 そして聞こえてきたのは、まったく予想にもしていなかった、声変わり前の少年の声だった。

「僕なら大丈夫です。どうか、中でお休みください」

 こんな夜中だと言うのに、俺にはその少年が輝いて見えた。

 火の灯りを照り返す髪の色は、神々しい金。まるまるとした、吸い込まれそうなほどに純粋な瞳は、海のように蒼い。

 少し大きめにも思える白い法衣に身を包む、7、8歳ぐらいの少年に、しかし俺は、確とした威厳を感じていた。

 

「ミリアルド様! どうしてお外に……!」

「あなたたちの声が聞こえたので。さあ、どうぞお入りください」

 そう言い、ミリアルドと呼ばれた少年はにっこりと笑う。

「か、かわいい……」

 マーティが小さく呟く。ほのかに頬が赤いのは、灯りのせいか。……まさか少年趣味だったのか。

 いやそれより、この少年は一体誰だ。様付けだったということは、この少年が、俺たちが教会に入れなかった理由、その人か。

 

「なりませんミリアルド様! 万が一にも貴方様の身に何かあれば、教団のバランスが崩れ去ってしまいます!」

 リハルト騎士団長が、多大な焦りを見せながらそう言った。

「平気です。彼女たちが僕らを攻撃することはありません」

「……なぜ、そう思うのですか」

 未だ正体の分からぬ明らかに年下の少年に、俺は自然と敬語を使っていた。

 少年は夜中の太陽のような、眩しいほどの笑顔を俺に向ける。


「あなたたちからは邪悪な気配が感じられませんから」

 なぜそんなことがわかる。しかし、奇妙な説得力はあった。

 この少年の言っていることは正しいと、無条件に信じてしまいそうになる。


「夜道を行くのはお辛いでしょう。それに、旅人に教会を貸し与えるのは教団の決まりです。さあ、お入りください。……いいですよね、リハルト」

「……ミリアルド様が、そうおっしゃられるのなら」

 リハルトもこの少年には逆らえないようだ。

 騎士団長と名乗るこの男よりも身分が高いということはつまり、この少年は……。


「ああ、ごめんなさい、申し遅れました。僕はミリアルド・イム・ティムレリア。ティムレリア教団の三神官の一人です」

「ミリアルド・イム・ティムレリア……」

「はい。どうぞ、お見知りおきを」


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