第百五十四話 大神官
やきもきとした気持ちを抑えながら、ようやくティムレリア教団に帰ってくることが出来た。
とりあえず教団は無事だったようで、帰ってきた飛空艇を見るなり、みなが歓声をあげて出迎えてくれた。
すべてが終わったと思っているのだろう。
……そんな彼らに、真実を告げるのは……辛かった。
「そんな……」
クリミアは、口を覆って目を見開いた。
発着場で、俺たちは魔王城での出来事を話した。ただ、ミリアルドと俺の“前世”については隠しておくことにした。
特にミリアルドの方は、もっと落ち着いてから出ないと混乱を生みかねない。
「ごめんなさい、みなさん。もっとバランのことを気にかけておくべきでした」
ミリアルドが低頭し謝罪する。
「いえ、ミリアルド様が悪いわけではありませんよ。私たちもバラン・シュナイゼルの動向を注意深く探るべきでした」
ミリアルドがいない間、教団の表の仕事を担っていたマグガルゴ・ドナウが言う。
「まさか、教団を追われたあとも様々に画策していたとは……」
「いえ、むしろ教団を支配するというのも、バランにとっては策の一つでしかなかったのかも知れません。最終的に魔王の力を手にするために、時間を稼ぐぐらいのつもりだったのでしょう」
すべては、魔王の力を入れる器を手にするためだ。
それがマーティの言うように魔機なのか、それともまた別の何かなのかはわからない。
だが、何にせよ時間が必要だったのだ。そしてその目論見はまんまと成功した。
俺たちはそれに乗せられ、右往左往させられていたのだ。
どこから奴の思惑通りだったのかはわからない。少なくとも、はじめにこの教団に捕らえられ、脱出したことは奴の思惑の外だっただろう。
あわよくばミリアルドを処刑し、偽物の幻影と入れ替わらせる。それこそが当初の目的だったはずだ。
しかし――恐らくはそもそもそれも、時間を手に入れるためのものだったのだろう。
ミリアルドさえいなくなればバランを止められるものはいなくなる。その後ゆっくりと魔王の力を御する術を手にしようとしたのだろう。
それ自体は失敗したが――結果的にこうして、奴は魔王の力を手に入れてしまった。
遅すぎたのだ、俺たちは。
「とにかく、今すぐ各地の教会や町、村に通達を出しましょう。バラン・シュナイゼルを早く見つけなければ、どんな事が起こるか――」
ミリアルドがそう言ったところで、発着場の扉が開いた。
入ってきたのは教団の神聖騎士の一人だった。ミリアルドの前に赴いて敬礼し、口を開く。「お伝えします! つい先ほど、大神官様がご帰還なさいました!」
「だ、大神官様が……!?」
ミリアルドは目を見開いて驚いた。
大神官――前にも聞いた。確か、ミリアルドたち三神官のさらに上に立つ、教団の真の支配者だ。
長らく行方知れずになっていて、現在はミリアルドたちが事実上のトップとして活動してきた。
その大神官が帰ってきた、ということだ。
「本当ですか!?」
「は、はい。僭越ながら、大神官様のお部屋を清掃しようとしたところ、この私めにお声をかけていただいたのです。“ミリアルドを呼べ”とお伝えするよう、命を受けて馳せ参じた次第であります!」
「大神官様がお帰りに……! これは願ってもない僥倖です。みなさん、大神官様の元へ行きましょう!」
バランに出し抜かれた失態に気を落としていたミリアルドが、報告を受けて一気に溌剌としだした。
その大神官というのは、どうやらかなりの力を秘めているようだ。
ミリアルドはすぐに移動を開始した。未だに教団内部の構造をあまり把握してない俺たちはその後をただ着いていく。
「大神官ってどういう奴なんだ?」
ローガの問いに、普段よりもやや早足のミリアルドが答える。
前に聞いた話では、女神ティムレリアの声を聞くもの――と言っていたはずだ。
「役柄じゃなくて、こう……人となりっつーのか? 性格とかさ」
「そう言われると……僕も答えるのは難しいですね」
「なに?」
ミリアルドは難しい顔をしながら答える。
「実は、僕も実際にお顔を見たことはないんです。あの方はいつもお部屋の奥にいて、そこから女神ティムレリアのお声を僕らにお届けになっていたので」
「ということは……男性か女性かもわからないということですのね?」
「いえ、男性ですよ。声は聞こえますから。逆に言えば、それぐらいしかわからないんですけど。……ああ、お年は召されていますね。だいぶ老け込んだお声ですから」
老いた男性、ということしかわからない、謎の人物――それが、このティムレリア教団の最高幹部だ。今更だが、この教団がかなり怪しい機関に思えてきてしまう。
階段を何度も、何段も昇り、膝に確かな疲労を感じ始めたという時に、ようやく到着した。 ここは恐らく、本部施設の最上階だ。
そこに、大神官用の部屋が用意されていた。
「ここです。――大神官様、ミリアルドです。報せを受け、参上いたしました!」
中にいるという大神官に告げる。
すると、返事の代わりに扉が勝手に開いた。
「本当に……! 失礼いたします!」
入ると、俺は――いや、俺たちは、その圧巻の光景に立ちすくんだ。




