第百五十三話 器
「まだバランの仕業だと確定したわけではありませんが、可能性としては充分すぎます。しかし……!」
ミリアルドはあごに手を当て、苦虫をかみつぶしたような顔で悩み出す。
「どうした?」
「……魔王の力は非常に強力です。ただの人間では到底扱いきれるものではありません。不用意にあれを手にしてしまえば、そこに待っているのは死のみです」
「死? 死んじゃうほどの力なの?」
マーティの問いに、ミリアルドは頷いて答える。
「小さな風船に、一瞬で大量の空気を送り込むようなものです。許容量を超えてしまえば……」
小さな風船は、破裂するだけということか……。
「例えバランと言えど、魔王の力を受け止めることなどできません。どうやって魔王の力をここから持ち出したのか……それがわからないんです」
しかし、実際に力は持ち出されている。
何らかの方法で、バランは魔王の力を受け止めたのだ。
「毒素を突破したのと同じように、魔物に力を与えたのではありません?」
「人間よりは多少保つとは思いますが、例えテンペスト級の巨大な魔物でも、魔王の器としては小さすぎます。魔王の力を手にできるのは、魔王だけなんです」
サトリナの案も一蹴される。
ではどうやって。……考えても、浮かんでは来ない。
「こうなった以上、ここに留まっていても仕方ありません。急いで教団に戻って、バランを捜しましょう。急がないと、取り返しのつかないことになります!」
バランが今までにしてきたことを考えると、魔王の力でどんな暴虐非道を尽くすかわからない。
もしかしたら、すでに事は始まっているかもしれない。
手始めに教団を潰すなどということは、奴の性格なら十二分に考えられる。
俺たちは急いで魔王城を脱出し、飛空艇に乗り込んだ。
即座に起動、浮上し、出発してきたティムレリア教団まで逆走する。
「あんなに速いと思った飛空艇が、今は遅く感じるぜ……!」
「気を逸らせても仕方ありません。わたくしたちに出来るのは、みなが無事であるようにと祈ることのみですわ」
数時間という移動時間すら、今の俺たちには惜しかった。
みんなが苛立っているのがわかる。重苦しい空気が飛空艇の中に満ちていた。
「……魔機……」
そんな中で、マーティは自身の左腕を見ながらつぶやいた。
「どうした、マーティ?」
「うん、ちょっとね。ねえ、ミリアルドくん」
「はい、なんでしょう」
ミリアルドは冷静に答える。
今できることはないとわかっているからか、ミリアルドはだいぶ落ち着いていた。
「魔王の力を受け止めることが出来るほどの魔機って、造れるのかな」
「魔王の力を受け止める魔機……?」
問いを受け、ミリアルドは考える。
魔機……なるほど、確かにそれは有り得る話だ。
人間や魔物では受け止められなくとも、機械ならば。鉄鋼で身を固めた魔機ならば、不可能を可能に出来るかも知れない。
実際、俺はそんな事例をいくつも見てきた。
大陸をすばやく移動する魔機列車。空を飛翔する飛空艇。
「僕も魔機についてはそれほど詳しいわけではありません。どうやらグワンバンは、僕の知っている以上の技術力を有していたようですし」
マーティの左腕もそうだ。
ミリアルドが前に言ったように、これほどまでに精巧に動く義手などなかったという。しかし、現実今それが目の前にある。
ただ単に技術が進歩しただけというのならいいが、もしもグワンバンが、何か目的があってわざと魔機の発展を遅らせていたとすれば……。
「その技術を使えば、あるいは可能かも知れません」
「そっか……」
だが、バランはグワンバンを始末した。
そんな技術力がある人間を、どうして?――そう考えた時、一つの可能性が頭に浮かんだ。 ――だから、殺されたのか? と。
バランは目的のものを手に入れた。それが何かはわからないが、その一つがあれば自身の野望を完遂できるほどのものを。
しかし、グワンバンさえいればそれをもう一つ作ることも不可能ではない。
グワンバンが裏切ったり、誰かに懐柔されたときに対抗手段を得させないために……奴を始末したのではないのか。
だとすれば……。バランが手にしたそれは、どれほどの力を有しているというのか。
「何にせよ……一筋縄では行かなくなったと言うことだな」
「ええ。飛空艇さえ動けば、簡単に終わると思っていたんですが……甘かったみたいですね」
この先何が待ち受けているかはわからない。
ただ一つ、わかっていることは……ただでは済まない、ということだけだ。
どんな犠牲が出るか分からない。どれだけの人が死ぬかわからない。
誰も殺したくない。誰にも死んでほしくない。そんな想いを――バランは、無残に打ち砕いてくれるだろう。
それでも、前に進むしかない。
逃げるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
勇者として……俺は、戦い続けるしかないんだ。
平和な世界を手にするために。




