第百五十一話 対面
「俺、バカだからさ。結局よくわかんねえんだけどよ。……要するに、今までと特には変わらねえってこったな?」
「え……?」
その言葉に、隣に立つサトリナもうんうんと数度頷いていた。
「ですわね。クロームさんが勇者クロードだった、ミリアルドさんは魔王ディオソールだった。……それだけです」
「ローガ、サトリナ……」
二人は俺とミリアルドを見て、朗らかに笑う。
「だよね! まあちょっとは驚いたけどさ、結局クロが、あたしの親友のクロだってことは変わんないし」
マーティも。
「ね、イルガちゃん」
腕を組み、じっとミリアルドを見据えるイルガに向けてマーティが言う。
イルガは難しい顔をして俺を、そしてもう一度ミリアルドを見て――大きく、ため息をついた。
「……どうやら、そのようだ。いいだろう、信じてやる。……だが、後になって実は己れたちを騙していたなどと言ってみろ。その時は――今度こそ、八つ裂きにして、燃え尽くしてくれる」
「はい、わかりました」
イルガも認めてくれた。
みんな……みんな、ありがとう。
みんなが仲間でよかった。
みんなと一緒にここに来れて……本当に、よかった。
「ありがとう、みんな、俺は……俺は……」
「クロームさん」
サトリナは微笑み、俺に告げる。
「例え、あなたが勇者クロードだとしても……私たちにとっては、あなたはクロームさんです。他の誰でもない、かけがえのない仲間の、クローム・ヴェンディゴです。どうかいつも通り、あなたは、あなたでいてくださいな」
「いいのか……?」
もう、俺はクロードであると告げてしまった。これからはクロードして振る舞おうとも思っていた。
私ではなく、俺として。
「ミリアルドくんはミリアルドくんだし、クロはクロだよ。前世とか、生まれ変わりとか関係なしに、ね」
マーティもそう言ってくれる。
ならば、俺は――私になろう。だが、今はまだだ。
今はまだ、いつも通りの俺でいい。
すべては……この世界を救ってからだ。
「さぁて、いろいろ解決したところで! さっさと魔王のとこに行こうぜ」
ローガが切り出した。
もはや話すことはない。あとは、当初の目的を果たすだけだ。
「うん! ねえミリアルドくん、魔王が蘇る場所はわかるの?」
マーティが聞くと、ミリアルドはすぐに答える。
「このすぐ先です。クロードとディオソールが相討ちになったまさにその場所に、あれはあるはずです」
「〝あれ〟?」
尋ねると、ミリアルドが答える。
「はい。魔王の力が集った、魔素の塊です」
「それを回収すれば、魔王は蘇らないのですね?」
「はい。行きましょう」
ミリアルドの先導で俺たちは再び歩き出す。
見慣れた景色が進んでいく。この奥、この先で――俺は、死んだ。
一歩、一歩。進む。
そして――ようやく、それが見えてきた。
「あれは……?」
そこには、何かが二つあった。
近付くと――
「っ……!」
その正体が、わかった。
それは――死体だった。
「これが……!」
「ええ。クロードとディオソール……その死闘の、成れの果てです」
向かい合うように立つ二つの死体。ただの死体ではない――人形のように、石化していた。 一つは、魔王ディオソール。頭部から生える禍々しい角は右側だけが切り落とされ、傷口を塞ぐかのように、刺々しい爪が伸びる手のひらで、肩口を抑えている。
そしてもう一つは――俺だ。勇者クロードの……死体だ。
剣を杖のようにして立ち、腹部を抑えて立つその姿は――まさに、俺が意識を失う直前の姿だ。
俺はここで戦い、死んだ。だが――まさか、その跡がこんな風に残っているとは思わなかった。
「気色悪いな……かつての自分の姿を、こうして見ることになるってのは……」
触れてみると、見た目通り完全に石の感触がした。だが、どうしてこんなことになっているのだろうか。
「魔王ディオソールは魔力を蓄え、蘇ろうと画策しました。しかし、例え力を集めてもその拠り所である肉体がなければ完全復活は有り得ません」
ミリアルドが言う。
じっとディオソールの石化死体を見るその目には、かすかに悲しみにようなものが見えた。「なので、死の直前、肉体を封印する魔術を使ったのです。勇者クロードの死体も、どうやらその余波に巻き込まれたみたいですね」
「封印された死体、ね……。いわば人間の剥製ってことか」
こつこつとクロードの頭を叩きながらローガが言う。……なんだか自分が叩かれているみたいで気色悪い。
「これが本物の勇者クロードなんだ。へえ……結構かっこいい顔してるね」
言いながら、マーティは俺の方を見ながら笑う。
……なんと返せばいいかわからず、俺は無言で肩をすくめた。
「ミリアルド、魔王の力はやはり、その死体の中か?」
問うと、ミリアルドははいと頷いた。
「今回収します。それで、魔王が蘇ることは――」
そう言い、ミリアルドは魔王ディオソールの死体へと触れた。
これですべてが終わる。誰しもがそう思い、安堵した。これで旅は終わるのだ、と。
だが――




