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第百五十話 魂の浄化

「……っ」

 全員が、また息を吞んだ。

 先ほどミリアルドが言ったこと。その後の発言のせいで霞んでいただろう。

 だが、驚きの度合いで言えば同格だろう。

「……待ってくれよ。ちょっと……理解が追いつかないって」

 ローガが言う。

「クロームさんが勇者クロードで……ミリアルドさんが、魔王ディオソール……? たちの悪い夢でも見ているようですわ……」

 サトリナも続けて言った。二人とも顔が青ざめていた。

 気の毒だが……理解してもらうほかない。

「ねえ、クロ。……ホントなの?」

 マーティが問う。俺はすぐにうなずいた。

「事実だ。俺は勇者クロードだ。ミリアルドと同じく……生まれ変わった、な」

 勇者クロードが生まれ変わった俺、クローム。

 魔王ディオソールが生まれ変わったミリアルド。

 この二人が今ここに――いや、ずっと前から共に行動していたということになる。

 冗談のような話だ。

「イルガさんは知っていたようですね、クロームさんのことを」

 未だ信じ切れないのだろう、イルガはミリアルドを睨み――しかし、首肯する。

「ああ。グレンカムで話を聞いていてな。……貴様はなぜクロームのことを知っている?……それも、魔王だからか」

「恐らくそうでしょうね。初めてクロームさんと出会った時に感じたんです。この人が、かつての僕の宿命の相手だと」

 ソルガリア大陸、ベルガーナ山の山麓。そこにあったティムレリア教団の教会で俺たちは出会った。

 ミリアルドはその時から俺のことに気付いていたのか。……そんな前から。


「俺はこの魔王城で死んだ。それは確かだ。だがその直後……俺はこの、クローム・ヴェンディゴという新たな人間として生まれ変わった。クロードとしてのすべての記憶を持ったままな」

「んなバカなことがあるのかよ……」

 ローガが言う。

「理由は俺にもわからない。だが、確かだ。そして死の間際に聞いた魔王ディオソールの言葉――二十年後に蘇る、という奴の目論見を阻止するために、この魔王城を目指した」

 そしてミリアルドと出会った。……その魔王の生まれ変わりと、出会ったのだ。

「では、なぜミリアルドさんはここへ?……イルガさんの言うとおり、本当に魔王の根城に戻ってきたなんて事は……」

 サトリナの問いへ、ミリアルドは首を振って見せた。そして、安心してくださいと微笑む。「僕が魔王城へ来た理由に嘘はありません。魔王の復活の阻止――それだけです」

 この世界に平和を取り戻すため、魔物のいない世の中を作るために。

「僕は魔王の記憶を持っています。彼がしてきた残酷な仕打ちも知っています。……あんな世の中をもう一度、作りたくないんです。だから僕は、魔王に復活を阻止するためにここに来たんです。それだけは、信じてください」

 他のみんなへ、そして自分を一番に疑うイルガへと、ミリアルドは訴える。

 その瞳は純粋だった。信じられる、あの目は。


「……話に無理があるな」

 しかし、イルガは噛みついた。

「お前が魔王ディオソールの生まれ変わりなのだろう?……ならば、もし魔王が復活してしまえば、この世に魔王が二人存在することになる。どういうことだ。説明しろ」

 そうだ。

 魔王ディオソールが死に、ミリアルドという人間として生まれ変わったならば、蘇るはずの〝魔王〟は、誰なんだ?

 その疑問に、しかしミリアルドは答えられなかった。

「ごめんなさい。それは僕にもわかりません。僕は魔王ディオソールのすべての記憶を持っているわけではないんです」

「なんだと……?」

「そうなのか、ミリアルド?」

 俺が問うと、ミリアルドははいとうなずき、説明を続けた。

「みなさんは、死後の魂の行方を知っていますか?」

「魂の……? また難しい話か?」

 もうさんざんだ、とローガは嘆く。

「確か……前に一度、そんな話をしたことがあったな」

 いつだったか……確か、そう。ラクロールでだ。あの時、死後の魂の話をした。

「ええ。死んだ魂は天界へと昇り、そこで浄化を受けてから再び地上へ行き、新たな生命となります。人間でも、動物でも……魔王でも、それは変わりません」

「浄化……ということは、記憶や知識なんかも洗い流される、ということですわね?」

 サトリナの言葉にミリアルドはうなずく。隣でローガは首をひねっていた。

「だから本来ならば、生まれ変わった人が前世の記憶を持つことなど有り得ません。しかし、ディオソールは例外でした」

「魔王……だから?」

 マーティの問いに、ミリアルドはまたもうなずいた。

「魔王ディオソールは数百年という長さを生きました。なので、その魂が持つ情報量も膨大でした。……そのせいなのでしょう、天界はディオソールの記憶や知識をすべて浄化しきれないままに、魂を地上へと降ろしてしまいました。そして……僕が誕生したのです」

 だからミリアルドはディオソールだったころの記憶を持っているということだ。

 勇者戦紀に書かれたことのない、俺とディオソールの戦い――それを知っていたのも同じ理由だ。


「……待ってくれ。じゃあ、俺はいったい何なんだ?」

 じゃあ、なぜ俺は……? 俺が……勇者クロードが持つ魂の情報量など、たかが知れている。

 魂が浄化されれば、クロードとしての記憶がなくなる。だが、実際はそうではない。

「なぜ俺は……クロードとしての記憶を持っているんだ?」 

「それに関しては僕もわかりません。なぜあなたがクロードだった頃の記憶を持っているのか……不明なんです」

 ミリアルドの豊富な知識でもわからない。

 俺が……クローム・ヴェンディゴが、勇者の記憶を保持しているという謎。

「可能性としては、魂が天界へと行かず、直接新たな生命に宿ればありえることですが……」

 ……そう言えば、女神の泉でティムレリアに会った時に聞いたことを思い出した。

 俺をこうして生まれ変わらせた誰かがいるのかもしれない、と。

 それは……魔王ディオソールだったのでは、と。

「ミリアルド。前に、カルネイアの森で女神ティムレリアに会おうとしたときのこと、覚えてるか?」

「はい。あの時クロームさんは、勇者クロードとしてティムレリア様に会ったんですよね?」

「ああ。その時、ティムと話したんだ。…俺を蘇らせたのは、ディオソールじゃないのか、ってな」

 神々と並ぶ実力を持つ魔王ならば、人間の魂の操作も不可能ではない。

 あるいは俺を絶望させるために。あるいは俺を好敵手と思うがために。

 死んだ俺を蘇らせたのではないのか。

「いえ……違います」

 しかし、ミリアルドはすぐにそれを否定した。

「死の直前の記憶は残っています。ディオソールは、勇者クロードを憎んでいました。例えどんな理由があろうと……あなたをもう一度、この世に残そうなどとは思わなかったでしょう」

 ディオソールでもない。……なら、俺の命はなんなんだ。

 俺はどうして生まれ変わった。知らなくても構わないことだとは言え……ひっかかるところがあるのは確かだ。


「……わかった、ありがとう、ミリアルド」

 話は済んだ。

 俺もミリアルドも、お互いが隠していたことをすべて話し終えた。

 もはや包み隠すことは何もない。

 これが、今の俺だ。俺という人間だ。

「みんな、ごめん。……今までずっと、隠していた」

 最後に俺は、みんなに頭を下げた。

 真実を、事実を。ずっと。

 騙していたんだ。責められても仕方ないだろう。

「……なんというか……」

 最初に口を開いたのは、ローガだった。

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