第百四十九話 告白
「なるほど……つまりは、そういうことか」
「イルガ……?」
イルガは言い――突然、その髪を紅蓮に染めた。
戦闘態勢――両手に炎の爪を現出させ、瞬く間にミリアルドへ飛びかかった。
「な――」
「……っ!」
ミリアルドが手をかざす。神霊術の障壁を貼って、襲うイルガを跳ね返す。
空中で翼を広げて制動。着地して、ミリアルドを強く睨んだ。
「魔王ディオソールは蘇りつつある。そういう話だったな?」
「……はい」
ミリアルドが答える。それを聞いて、イルガは苦々しく舌打ちをした。
「それが貴様だったというわけだ。あと数年で、貴様は魔王ディオソールとなる。そして、この世界を再び支配すると――そういう算段か」
あと五年。魔王ディオソールが自ら予言したその年までの時間だ。
ただでさえ知性があり、子供とは思えない行動力を持つミリアルド。そこから数年も経てばどうなるか。
筋は……通っているように思える。しかし……。
「考えたものだな。そうして人間の子供を真似ていれば、周囲が自然と守ってくれる。そしておめおめと、こうして根城へと戻ってきたわけだ。まったく、してやられた……!」
両腕の炎爪を火炎の球へと変えて、二つを組み合わせてさらに大きな炎弾を作る。多大な熱量で陽炎が起きて、イルガの姿がぼんやりと歪む。
「僕は……」
「言い訳は聞かん! ここで死に果てろ、魔王!」
イルガは魔王の部下に父を殺されている。その恨みは計り知れない。
だが――でも!
「っ……!」
考えがまとまる前に、身体が勝手に動いていた。
炎弾が放たれる。その前に躍り出て――俺は、炎弾を受け止めていた。
「ぐぅうっ……!」
「クローム……!?」
咄嗟に抜いた剣で炎を受け止めた。直撃はしないが――その余波でさえ、身体が焼けるようだ。
「クロームさんっ!」
背後のミリアルドが水の神霊術を放ち、炎弾を消化した。おかげで大した火傷も負わずに済んだ。
「なぜかばう!」
イルガが叫んだ。
わかっている。確かにミリアルドは魔王ディオソールなのかもしれない。だとすれば、俺はミリアルドを斬らなければいけない。
でも……!
「大丈夫ですか、クロームさ――」
治癒術をかけようとしてくれたのだろう、俺の前へと回ったミリアルドの――その細い首筋に、刃を突きつけた。
「っ……!」
「答えろ、ミリアルド……! お前は、誰だ……?」
もしも――もしも、ミリアルドが、自分はディオソールだと言うのなら、俺は――この首を切り裂く。それで世界が救われるなら、そうするしかない。
魔物の被害は深刻になりつつある。これ以上被害が広がる前に、そのために俺たちはここに来た。
でも……そんなことはしたくない。俺は、ミリアルドを――大事な仲間を、斬りたくない。斬らせないでくれ……!
「ミリアルド……!」
お前は、誰だ。
どっちなんだ。ミリアルドなのか、魔王ディオソールなのか。
俺のかけがえのない仲間なのか、倒すべき宿敵なのか。
頼む。
「僕は……」
皆が息を吞んだ。
注目が集まる中で、ミリアルドは――
「僕は、僕です。昔から、ずっと」
そう、答えた。
まっすぐな瞳で。水晶のように透明、純粋な目で。そこに――偽りはない。
だから俺は――剣を、下ろした。
「そう、か……」
「……ごめんなさい、クロームさん。嫌なことをさせてしまって……」
「いや、いい」
剣を握る手が酷く冷たい。全身から血の気が引いている。
一歩間違えれば、俺はとんでもないことをしでかしてしまっていた。
「信用するのか? こいつを!」
イルガががなる。怒りのせいか、その髪はまだ炎のように紅い。
「――する」
即答。もはや迷わなかった。
「私はミリアルドを信じる。だから……」
ミリアルドは自分の隠し事をすべて話した。ならば次は俺の番だ。
「私も――すべてを話そう」
ローガを見る。理解不能な事態が続いて、頭を抱えている。
サトリナを。不可解なことへの連続に眉間にしわ寄せ、混乱しているようだ。
イルガ。悩んでいるようだ。だが――怒りを静めてくれた。
そして、マーティ。……あとで、謝ろう。十数年、親友の君にも隠していたことを。
そっと息を吸う。覚悟を決めて――告げる。
「私は……いや、俺は……勇者クロードだ」




