第百四十八話 “魔王”
「勇者戦紀に、勇者と魔王の戦いは書かれてないのに!」
他のみんなも、一斉に目を見開いた。
そう、俺と魔王ディオソールの戦いは、勇者戦紀には記されていない。当たり前だ。……どういう戦いだったのか、それを教える人間はいなかったのだから。
俺と魔王は一対一で戦った。それを見ている者もいなかった。
だから、あの戦いの詳細を知っている者はいない。俺以外に、いるはずがない。
だが……ミリアルドは知っていた。本に書かれているはずのないことを。
……待て。考えてみれば、まだおかしいことがある。
さっきから話していた知るはずのない内容――それをミリアルドは……まるで、自分のことのように話していた。らしいとか、だそうだ、とかではない。断定し……主観的に、話していた。
なぜ分かる? 魔王ディオソールが恐れていたと。
なぜ知っている? 俺が……勇者クロードがあの時、笑っていたと。
誰も、何も言わなかった。
空気が、一気に冷え込んだ気がした。
知るはずのないことを知る矛盾。いつものように、大好きな勇者戦紀を語っているのではない。
ミリアルドは微笑みを浮かべ、こう言った。
「ですね。本当なら僕は知らないはずのことです。でも、実際は知っている。不思議なことに、ね」
ミリアルドは言うと、俺の方を向いた。その目がなぜか――底知れぬ恐ろしさを秘めているようにも見えた。
見透かされている……そんな気がした。
「でも、あの戦いを知っているのは僕だけじゃないんです」
「なに……?」
ミリアルドはじっと俺を――俺の目を、覗いていた。青い瞳が深く――吸い込まれそうなほどに。
「ですよね? クロームさん。いえ――」
まさか、と思った。
そんなはずはない。あり得ない。ミリアルドが知っているわけがない。俺の秘密を。
一度も話したことはない。その素振りさえ見せたことはない。
だと言うのに――。
「勇者、クロード」
「……バカな……」
二度目の衝撃。
何故だ。なぜ知っている? 俺が……俺が、勇者クロードであることを。
どこで知った? いつからだ。それとも――最初から、か。
「な、何言ってんだよ、ミル坊……? いや、確かにクロはさ、魔剣術使ったりとか、勇者っぽいところはあるけどよ……」
ローガが言う。しかし、そう言いながらも発言には自信がなさそうだ。
ミリアルドには芯があった。自分の言葉は嘘でないと告げる気迫があった。
「…………」
この中で唯一、事情を知っているイルガが俺に目線を向けていた。
どういうことだ、と目で言っている。
だが聞きたいのはこっちの方だ。
「そ、そうですわ。だいたい、勇者クロードは十五年前に亡くなっているんですのよ。他ならぬこの、魔王城で」
サトリナが言った。
そのクロードが、こうして生まれ変わり、クローム・ヴェンディゴになっていることを知っているのは……クリスとイルガだけのはずだ。
なぜ、ミリアルドが……?
「ごめんなさい、みなさん。今まで黙っていて」
目を伏せる。そして、覚悟を決めたように顔を上げた。
「クロームさんのことだけではありません。……真実を、教えます」
その顔は子供が見せるそれではなかった。戦地に赴く戦士のような――紛れもない、“男”の顔だった。
「僕は――魔王ディオソールの、生まれ変わりなんです」
静寂。
――誰も、しゃべらない。いや……口を開くことなど出来なかった。
今、ミリアルドはなんと言った?
生まれ変わりだと?……魔王の、生まれ変わり?……酷い、冗談だ。
「ぉ……おいおい、ミル坊……はは……その冗談は、面白くないぜ……?」
絞り出すように、ローガは言った。
誰もが期待していた。そうですよね、ごめんなさい、と。いつもの笑顔でミリアルドが言い出すのを。
そして、誰もが気付いていた。
「いいえ、冗談ではありません」
――と、ミリアルドが言うだろう、と。
「僕は紛れもなく魔王ディオソールの生まれ変わりです。その記憶を、一部ですが保持しています」
「……ミリアルド……」
俺は、彼の名を呼んだ。今までずっと、旅をしてきた仲間。
ミリアルドがいなければ、俺はこの魔王城には来れなかった。多くの感謝をしてきた。今でもだ。
困惑。何を言えばいいのか。どう受け止めればいいのか。
誰もが思う中で――一人が、動いた。




