第百四十四話 飛翔の朝
次元の門を経由して、俺たちはティムレリア教団に戻ってきた。
着いた頃にはすっかり夜だったため、魔法石のみを飛空艇の修理をしてくれている人たちへと渡し、俺たちは一晩を過ごした。
そして翌朝、朝食の場。焼きたてのパンの深い味わいを感じながらも、話題はあまり楽しいものではなかった。
「バランの月岩塩の隠し場所が見つかりました」
クリミアが言い出す。
俺たちがドランガロに行っている間のことの報告は、本来ならば食事の後にでも行うべきだったのだろうが、せっかくなのでというミリアルドの意志で、こうして食事の最中での報告会と相成ったわけだ。
「灯台下暗し……ということなんでしょうね。驚くことに、この教団の内部にありました」
国防軍は、バランが月岩塩を隠そうな場所を方方探し回ったようだ。
バランの息がかかっていそうな周囲の街や村、その中の個人宅までをも半ば強行的に探索したが……結果は出なかったという。
が、それがまさか教団内部に隠されているとは。……しかし、どこに?
「どこに隠していたんですか?」
ミリアルドの問いに、クリミアは苦々しい顔で答えた。
「中毒症状が改善して、話ができるようになった方が一人いまして。その人に聞いてようやくわかったんですが……隠し部屋があったんです」
「隠し部屋……そう言えば、私達も脱獄するときに隠し通路を通ったな」
あの時、銀色の狐――聖獣ヴルペスに導かれるようにして、俺たちは隠し通路を通って旧聖堂に脱出することが出来た。
ということは、このティムレリア教団には他にも隠し通路や隠し部屋が残されているのかもしれない。
「そうなんですか?」
クリミアがミリアルドに問うた。しかし、ミリアルドやもうーむと悩む表情だ。
「ええ。しかし……僕も隠し部屋や通路の存在は知りませんでしたから」
そう、あの時ヴルペスがいなければ、下手をすれば俺たちは今頃、バランに処刑されていたかもしれないのだ。
神官のミリアルドでさえ知らない隠し部屋……だが、一体誰が、何の目的で?
「とにかく、その隠し部屋の中に大量に。まだ手出ししていないのですが……いかがしましょう?」
「すべて廃棄してください。ほんの一欠片も残さずに」
「わかりました」
摂取したものを中毒に追いやる岩塩。それをバランは、自身の敬虔な信者たちに与え、洗脳していた。
ほんのわずかでも取り入れてしまえばたちまち症状が出るなどという代物は、存在するだけでも危険だ。言うとおり、余さず捨て去った方がいい。
「しかし、隠し部屋ねえ。……まさか、そいつもバランが作ったってんじゃねえよな?」
言い、ローガは薄くスライスした燻製肉を乗せたパンを口に入れる。それを咀嚼している間に、ミリアルドが答えた。
「それはありません。この聖堂を含め、この本部施設を設計したのは大神官様ですから」
「大神官……例の、行方不明のか」
バラン、ミリアルド、マグガルゴの三神官よりも更に上の立場――女神の声を聞くという大神官。教団運営という点ではミリアルドたちが事実上の権力者だが、あくまでも最高権力者はそいつだという。
だが、しばらく前から人知れず行方不明。どこにいるのか、どころかそもそも生きているのかどうかもわからないという。
なんとも自由な最高権力者だ。責任感がないのだろうか。
「恐らくバランも、偶然その隠し部屋を見つけたんだと思います。しかし……だとすれば、バランは月岩塩にはさほど執着していなかったのでしょうか」
偽物のミリアルドを使って手に入れるぐらい重要なものを、バランはやけにあっさり手放し、教団から逃げ去った。
あれからバランは教団に戻ってくる気配もない。取り返す気はないのだろうか。
わからないことが多すぎた。俺たちは、バランの考えていることを何も知らない。教団を支配し、グワンバンを手の物として扱い、ドランガロの魔機をことごとく使用不能にして、一体何をしようというのか。
「バランが何を考えているかは知らんが、己れたちの目的は魔王だ。もはや奴のことなど気にすることもあるまい」
イルガが言う。確かにその通りではある。
まずは魔王の復活を阻止することが最優先。バランのことは二の次――何度もそう思おうとはしているのだが、どうしても気になってしまう。
本当に、このまま無視していて構わないのだろうか。
「魔法石の取り付けは順調ですの?」
丁寧にナイフとフォークを使い、上品に食べ進めながらサトリナが言う。さすが王族、所作が違う。
「ええ、昨夜から寝ずに働いてもらっています。朝食が済んだら起動試験をして、うまく行けば午後から出発できます」
ミリアルドが答えた。
もはや魔王城は目の前だ。ここまでいろいろとあったが、それらの苦労も今この時のためだった。
もうすぐ……旅が終わる。
「なんか、せっかくあたしも着いてきたのに、特に何もすることなく終わっちゃうんだね」
不満げにマーティが言う。確かにそれもその通りだが、何事もなく終われるのならそれが一番だ。
それに、恐らくマーティの仕事があるのはこれからだ。
「魔王城に行けば、きっとうじゃうじゃと魔物がいる。マーティの弓はそこで役立ててくれ」
「なるほど。よし、あたし頑張る!」
「その意気だ」
もうすぐ終る。なにもかもが。
だが――。
俺の心は、うっすらと何かを感じ取っていた。不安、というのだろう。
だがそれが何に対しての不安なのか、わからない。杞憂だろうか。
考えても何も浮かんでは来ない。だが、なんとなく――胸騒ぎがするのだ。
そして大抵、こういう悪い予感ほど当たるものだ。
朝食の間、ずっとこの心のもやもやを抱えていた。そのせいか、味はあまりわからなかった。




