第百四十三話 街とお別れ
――そして、さらに二日後。
まだ自由に動かせるほどにはなっていなかったが、左腕の痛みはほとんど引いていた。
他の傷も、完全にとは言えないが塞がって、出歩くにはまったく困らなくなった。
代わりの領主の評判も良さそうで、復興は順調。
ミリアルドやサトリナも、自分たちがいなくなっても問題ないと判断し、俺たちは、このドランガロを離れることになった。
門で、ドランガロの人々から見送りを受ける。
特にサトリナやミリアルドは民衆によく好かれていた。ありがとう、助かりましたと何度も礼を言われていた。
ローガやイルガも、復興を手伝ったおかげか礼を言いに来る人が多かった。さらにローガは、いっしょに遊んでいた子供と別れるのを名残惜しくしている。
泣きそうになった子供の頭を撫でて、再会の約束でもしているのだろう、指切りをしてから離れた。
「慕われてるな」
「あいつらを見てると、村のガキどもを思い出す。元気にしてっかなってさ」
「孤児院のか。……帰りたいのか?」
「顔が見てえってだけだ。今帰ったって何の意味もねえよ」
まだ何も終わってはいない。ローガもそれをわかっている。
俺もそうだ。家族の顔が見たい。弟は……セロンは、風邪でも引いていないだろうか。
父さん、母さん、トリニア……みんな、元気だろうか。指名手配が終わってからも、結局何の連絡もしていない。
心配しているだろうか……。
だが、まだ帰るわけに行かない。帰るのは……魔王の復活を阻止してからだ。
胸を張って、自分のしたこと自慢できるようになってから……その時初めて、ただいまと言えるのだ。
今はまだ、その時じゃない。決して。
「お待たせしました。……では、行きましょうか」
魔機砲から取り外した魔法石――大きなスイカほどの大きさのそれを担いで、ミリアルドが言う。もう人々との別れは済んだようだ。
ミリアルドが言うには、このサイズの魔法石ならば飛空艇は充分起動するという。街を襲った砲撃で傷つかなかったのは幸いだった。
「イルガ、頼む」
街の外に出て、イルガが飛竜の力を解放する。人間の身体の何十倍もの大きさの竜となるのも、なんだかんだで見慣れて――
「おおおっ!」
……見慣れていない者一人の、興奮した声が響く。
「なにこれ!? すごいすごい!」
「お……」
巨大化したイルガの身体へ、マーティは半ば突進するように抱きついた。ぺたぺたと鱗の肌を触りまくって、しまいには頬ずりさえしだした。
「ぐ……」
動揺している。病室での時といい、どうやらイルガはマーティのペースが苦手なようだった。
「そう言えば、マティルノさんは知らないのでしたね」
どこか微笑ましそうにサトリナが言う。はしゃぐ子供を見ているような感覚だ。
「『勇者戦記』でも、ティガ族が飛竜になってただろ? あれと同じだ」
その勇者戦記に出てくるバラグノの実の娘なのだ、という話はまだしなかった。いずれ、話してやろう。
「あ、そうなんだ。へえ~!」
「……早く、乗れ」
困り顔のままイルガが言う。怒るに怒れないことだし、どうにも調子が崩されているようだ。
「うん! ほら、乗ろう乗ろう!」
興奮冷めやらぬまま、マーティはイルガの背に我先にと飛び乗る。他のみんなも順に乗り、全員が乗ったところで大きな羽ばたきと共に上昇した。
「すっごーい! 飛んだ飛んだ!」
「……なんか、新鮮な反応だな」
「確かに、わたくしたちは、自分たちが空を飛んでいるということに慣れすぎたのかもしれないですわね」
ローガとサトリナがそれぞれ言う。
本来ならば大地を離れて空を飛翔するなど、とんでもないことだ。飛空艇やイルガなどで、俺たちにとってはもはやなんてことないみたいに思ってしまっているが、本当ならマーティのように騒ぐものなのだろう。
「しかし……」
が、それはそれとして一つ思うことがあった。
「なあマーティ、お前……高いところ怖くないのか?」
「え? なんで? 別にあたし、昔から怖がりじゃなかったじゃん」
それは知っている。
狩りの時にも高い木に登って周囲を見回し、獲物を探すなんてことはしょっちゅうだった。だが……。
「結果的に生きていたとは言え、お前は一度飛空艇から落ちてるんだぞ? また落ちるかもしれないとか、思わないのか?」
「……あ、そういえばそうだね、あはは。でも、全然怖くないや」
だってさ、とマーティはにんまりと笑い、いきなり俺の手を取って、強く握った。
「今度は絶対、この手を離さないから」
「……マーティ……」
簡単に言ってくれる。そもそもその言い方じゃあ、また俺が助けに入ること前提じゃないか。
――だが、俺はなんだか嬉しくなって、その手を握り返した。
「ああ。……私も、離さない」
「うん、だから大丈夫! さあさあイルガちゃん、もっと速く行こう!」
「ちゃん付けはやめてくれ……!」
哀願しながらイルガは翔ける。ドランガロを遥か、後方に。




