第百四十二話 魔弓術
それから、さらに数日が経った。
サトリナやミリアルドの治癒術のおかげで、俺のケガはかなり回復した。
歩くことすら困難だった足の痛みも消え失せ、多少の時間ならば出歩くことも可能になった。
だが、未だ左肩の傷は治らない。こればかりは治癒術があろうと、動かせるまで一月近くはかかるだろう。
包帯が取れきらない痛ましい姿で、ローガとイルガと共に俺は病院の外にいた。
俺を含む三人が見つめるもの、それは、右手に例の鉄弓を持ち、矢を番えて鋭い視線を眼前の的へと向けるマーティの姿だった。
「……様になってるな」
隣でイルガが言う。
「マーティはもともと弓使いだったからな。よくいっしょに狩りをしていた」
「にしても……よくあんな重たい弓、片手で持てるな」
ローガが驚くのも無理はない。マーティが今持っている弓矢は、どちらも以前の戦いでファルケが武器として所有していたものだ。
あの時武器を奪わんとして、叶わなかったことを思い出す。あれは、少なくとも女の細腕では持てるようなものではない。
が、マーティは軽々とそれを持った。初めはあの義手の力で持っているのかとも思ったが、戦闘中も今も、マーティは生身の右腕でも所持することが出来ている。
この数日であの武器についてもいろいろと考えたのだが、怪力のローガでさえ、なんとか片手で持つのが精一杯という重さだ。
それを、他の人間と変わらぬ力しか持たないリウ族のマーティが持てるわけはない。
重たい以外の何かがある、と考えるのが普通のことだった。
そして、俺たちが辿り着いた一つの結論、それはあの弓も一種の魔機なのではないか、ということだ。
今は他の仕事で忙しく、ここにはいないが、ミリアルドはあの弓のことをそう評した.
曰く、あの義手と反応することで込められた魔術が反応し、重量を軽くするのではないか、と。
「あれもミリアルドの言うとおり魔機だと言うのなら、魔術を纏う矢が射てるというのも納得だ。マーティはそもそも、魔術はさほど得意じゃなかったからな」
俺自身が高度な魔術が使えないのを魔剣術で補っているように、マーティがあの弓でそれを補っていた、ということはも充分ありうる話だ。
今日はそのテストのために、弓と矢を持って病院の庭を貸してもらっている。
「準備はいいか、マーティ?」
「うん。いつでもいいよ」
言うと、マーティは構え、弓引いた。廃材を使って作った簡易な的めがけ、集中する。
そして、指を離す。
矢はまるで吸い込まれるように的の中央を貫いていた。
「おお」
ローガが感嘆の声をあげる。
ファルケの時からそうだったが、やはりマーティの弓の腕は衰えてはいない。
俺が知る中で一番の弓使いだ。
「それじゃあ……」
次の矢を番え、マーティはさらに弓引く。しかし、今度は見るからに射線を的から外していた。あのまま射っても、矢はどこぞへと消えてしまうだけだろう。
「……よし」
その準備を終えて、射る。予想通り矢は的からかなりの距離を置いた方向へと飛んでいき――
「……ほう」
ぐん、と突如方向転換、細い弧を描くように的へと突き刺さった。
俺との戦いでも見せた風の魔術を使った矢だ。あれがあれば、矢を自在に操ることが出来る。
さすがのイルガも驚いていた。普通、あんな軌道の矢はありえないからだ。
矢羽を折ることで多少軌道を反らす技術は存在する。だが、今のようにほとんど逆方向にまで曲げることは不可能だ。
魔術と弓術の融合……敵に回すと恐ろしかったが、味方となればかなりの戦力となることだろう。
「ありがとう、マーティ。もう充分だ」
「ん、わかったよ」
弓自体もそうだが、マーティがファルケの時と同じ実力を出せるのがわかったのは大きい。
今後邪魔するものがあっても、蹴散らすことは難しくないだろう。
「身体の調子はよさそうだな」
「うん、ばっちし!」
親指をぐっと突き立てて、快活に笑う。
昨夜の憂鬱はすっかり消え去ったようだ。……いや、恐らくは心の奥底に、未だ多少の不安は眠っているのだろうが……。
だとすれば、もしもマーティが再び、その暗い記憶に押し潰されそうになった時、俺がまた彼女を支えてやろう。
何度でも、いつまでも。
「マーティちゃんも、今後旅についてくるのか?」
ローガが――馴れ馴れしくも“マーティ”と呼んだことは置いといて――そう尋ねる。
「うん。というより、元はあたしとクロだけの旅だったんだけどね」
そもそもは王都ソルガリアに、騎士となるために始めた旅立ったはずだが……事はもはや、そんな小事ではなくなってしまっている。
何せ数年後しに行うはずだった魔王城への突入を、この数ヶ月で果たしてしまおうというのだから、ある意味ここまでの苦労も当然だったと言える。
「世界中を旅して、いろんな奴と戦って……ようやく、魔王城は目の前だ。あと少しで終る旅だが、改めてマーティのことをよろしく頼むよ」
マーティに代わり、俺がみんなにそう告げた。
「ああ。何、今更一人増えたところで変わらんさ」
イルガが強気に笑む。背中に乗せる人数のことだろう。確かに、あれだけの大きさならばたった一人の増員の差は微々たるものだろう。
「俺もまったく問題なし。ってか、むしろ明るく話せそうな面子が増えて大喜びってもんだ。クロといいミル坊といい、堅物ばっかだったし」
なるほど確かに、マーティの明るい性格はローガと気が合いそうだ。
俺のことをクロと呼ぶのもちょうどこの二人。
旅路がにぎやかになりそうだ。




