第百三十八話 帰還
「……ん」
病室のドアがノックされる。
「どうぞ」
言うと、部屋に入ってきたのはサトリナだった。その表情には疲労の色が見えていたが、どこか充実しているようにも見える。
「身体の調子はいかがですか?」
「問題ない。そろそろ出歩きたいぐらいだ」
「なら、もう少し様子を見た方がいいですわね。あなたは無理しがちな人ですから」
悪戯めいた笑顔を浮かべながらサトリナが言う。
よくも言ってくれると思うが、大体において事実だから言い返せない。
指を揃えて開いた手のひらを、俺の身体へとかざす。
癒やしの波動が放たれてると、まだまだ重たい身体が楽になる。
「ミリアルドたちはそろそろ戻ってくるかな」
「今日で四日目ですものね。そろそろ軍の支援部隊も来てくれる日数なのですが……」
セントジオガルズからここまでは、馬の速度でおよそ二日の距離にある。
四日前にミリアルドとイルガが出発し、クリスと話をして部隊を編成して一日、出発となっていれば今日にも到着するだろう。
ただ、ドランガロを治める領主に関してはもう少し時間がかかるかもしれない。
何せ以前治めていた人物が急死しての交代だ。準備なども出来ない状態では、引き受けられる人間も少ないだろう。
「街の復興に関しては、今ではこのぐらいが限界ですわ。新しく家を建てようにも、材料も人出も足りません」
「その辺りのことは軍の人たちが来てからになるだろうな。家を失くした人たちには、もう少し待ってもらうことになるが……」
「こうして見ると、わたくし自身の力不足を感じます。わたくしはまだ、槍を振り回すことしか出来ない子供なのですわ」
「サトリナはよくやっているさ。みんな、キミに感謝しているよ」
お世辞や励ましではない、事実だ。回診に来てくれる老医者も、サトリナのことをとても頑張ってくれていると話していた。
「お兄様の気苦労がわかりましたわ。比較してはならないぐらい、あちらの方が多忙なんでしょうけど」
「一つの街でこれだからな。陛下は国を一身に背負っている。……本当に、すごいと思うよ」
俺と……勇者クロードと共に旅をしていたクリス。それが今や、一国の王だ。
俺には決して出来ない。
俺だって……それこそ、いつまでも剣を振るうことしか出来ない人間だ。
「……はい。今日はこの程度にしておきましょう」
「ああ、ありがとうサトリナ」
治癒術はかけすぎてもよくない。早く治してしまうより、じっくり時間をかけて治したほうが傷口は開きにくい。
「では、わたくしはこれで。くれぐれも、無理はしないようにお願いしますわ」
「わかってる」
サトリナにもそう言われてしまい、俺は素直にこう答えるしかなかった。
病室を出て、再び俺とマーティだけになる。
やることがあるわけではない。寝てしまおうかと身体を倒した、その時だった。
今さっき閉じたはずの戸が、またいきなり開いたのだ。
顔を起こすと、安堵したような表情のサトリナが立っていた。
「どうした?」
「帰ってきましたわ、ミリアルドさんたちが!」
「本当か?」
窓の外を見る。国防軍の鎧を来た兵士たちが、物資を持って続々と街に入ってきている。
支援部隊が到着したのだ。
その中に、翼を背負ったティガ族と小さな神官の姿が混じっている。ようやく戻ってきてくれたのだ。
「よかった……。これで、みなさんに新たな家を作ってあげられますわ」
本当にうれしそうに笑いながら、サトリナの眼には涙が溜まっている。
自分が楽になることではなく、今を苦しむ人々のために彼女は嬉し涙を流している。
本当に……人の上に立つにふさわしい人間だよ、キミは。
「ただいま戻りました」
病室にミリアルドとイルガが入ってくる。
「おかえり、ミル坊」
ローガとサトリナも病室に集まっている。四日ぶりの全員集合だ。
「どうだった?」
「ええ。国王陛下はすぐにドランガロに支援部隊を送ることを決めてくれました。おかげでこんなに早く到着できました」
先ほど考えていた最速での到着だ。これで人々の暮らしは相当楽になるに違いない。
「ドランガロを治めてくれる方もすぐに見つかりました。半年前まで、ラクロールを統治していたトリニダトという方です」
「トリニダト・ティルカ殿ですわね。確か、ラクロールの方は息子に任せて隠居なさっていたという……」
「ええ。ちょうどセントジオガルズに遊びに来ていたのですが、緊急事態なのでと引き受けてくださいました。一度ラクロールに帰ってからということで、到着は明日以降の予定ですけど」
それでも十二分に早い。
グワンバンが死んでから一週間と経たずに次の領主が決まった。これで、ドランガロの住民たちも安心できる。
「僕達が出来ることはこのくらいでしょう。後は国防軍やトリニダト殿に任せたほうがいいですね」
「んじゃ、これからどうするんだ?」
ローガが尋ねる。すると、ミリアルドは悩むように顎に手をやった。
「本来ならば、一刻も早くティムレリア教団に戻りたいのですが……クロームさんのケガもありますし、マティルノさんもまだ目を覚ましていないようですしね」
「ああ。……いつ目を覚ますか、まったくわからない」
眠ったまま教団に運ぶというのもあるだろうが……空中で目を覚まして、彼女がまだファルケだった時のことを考えると少々不安だ。
「それより、魔法石の方はどうなんだよ。そもそもそれをもらいにここに来たんだぜ、俺たち」
「今、兵士の方たちに魔機砲の魔法石を外してもらっています。やはりあれぐらいしか飛空艇を動かせるものはないようです」
ローガの問いにミリアルドはすぐに答えた。
「魔機砲が使えなくなることも、恐らくはバランの目的の一つなのだろうと考えると……少しばかり癪だがな」
「背に腹は代えられませんわ。魔物からの防衛は、国防軍に任せましょう」
イルガの言葉にサトリナが返す。
イルガの気持ちもよくわかる。ここまではきっと、バランの予定調和のはずだ。
だが、魔機砲が使えないのも一時的なものだ。
魔王城へ行き、復活を阻止してしまえば、飛空艇は再び使えなくなっても構わない。
今はただ、魔王城周辺に集う瘴気を乗り越え、城へ侵入するための手段が必要なのだ。
「まあ、わたくしはあんな無粋な大砲、このセントジオには必要ないと思っていましたから。なんにせよ――」
と、サトリナが満足気に言おうとした、その時だった。




